就任直後に自らの給与を年800万円に減額した河村市長。庶民政治家の姿勢に共鳴する住民の輪が署名活動を燃え広がらせた。全国各地への影響も大
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「ナゴヤの皆さんが民主主義の奇跡を起こした」

 名古屋市の河村たかし市長は10月4日の記者会見でこう語った。

 市議会解散の直接請求(リコール)の署名集めを主導した市長の支援団体「ネットワーク河村市長」がこの日、署名を選挙管理委員会に提出した。その数は46万5582人分で、リコール成立に必要な36万5795人分を大幅に上回った。選挙管理委員会による審査が行われているが、必要数の確保は確実。解散の是非を問う住民投票を待たずに、議会側が自主解散する可能性も。

 昨年4月に初当選した河村市長は、選挙で掲げた公約の実現を議会が阻んでいるとし、リコール運動に乗り出した。「庶民革命のためには、名古屋市議会を変えねばならない」との思いからだ。しかし、議会リコール運動は当初、冷ややかな視線に晒された。首長と議員は共に住民から選ばれた存在で、対等な関係にある。その首長が先頭に立った議会リコール運動に識者の多くから疑問の声が上がった。

「住民直接請求の趣旨に反する」「二元代表制の否定につながる」といった本筋論からの批判だ。

 さらに、無謀な試みだと嘲笑する向きも多かった。リコール成立にはケタはずれの署名を集めねばならず、しかも住所、氏名だけでなく生年月日や捺印(拇印)まで必要とする。単なる署名とは異なり、容易ではない。ある自民党市議は署名集めスタート前にこう語った。

「集められるはずがない。地元記者たちもそう言っている。自滅することになる」

 ではなぜ、これほどの署名が集まったのか。議会リコールの署名集めを担った(受任者)のは、ごく普通のナゴヤ庶民。市民運動とはこれまで無縁という人ばかりで、組織ができていたわけではない。受任者や署名者を動かしたのは、これまでの市政や議会、そして、政治全般への不信やいらだちであり、なんとか変えたいという思いだ。

 名古屋市は長年、市OBの市長が続き、議会もオール与党(共産党を除く)体制でこれを支えた。すべて丸く収まる時代が延々と続き、市政は住民と遊離していった。市長選や市議選は、無風が恒例化し投票率は低迷。住民は、自らが選んだという実感のない市長と議員を持たざるをえなかった。二元代表制の空洞化である。その一方で、議員の家業化、指定席化が進んだ。

 この歪みを打破したのが、河村市長の誕生だ。市長選の投票率は前回の27.5%を大きく上回り50.5%を記録した。議会と衝突しながらも公約実現を目指す河村市長の姿勢を見て、住民も強い思いを抱くようになった。自分たちの議員を自分たちで選び直したいと。

 市議選の投票率は前回4割を切った。リコール運動を経ての次回市議選はどうか。ナゴヤ庶民革命は新たなステージへと進む。

(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 相川俊英)

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