「どれだけ休んでも疲れが取れないのは、あなたの脳が疲れているからでは?」――イェール大学で学び、アメリカで開業した精神科医・久賀谷亮氏の最新刊『世界のエリートがやっている 最高の休息法』がついに発売された。
最先端の脳科学研究で見えてきた「科学的に正しい脳の休め方」とは?同書の中からストーリー形式で紹介する。

先端脳科学は「心」をどこまで治療できるか?

▼ストーリーの背景について▼
もっと知りたい方はまずこちらから
【第1回】「何もしない」でも「脳疲労」は消えずに残る
―あんなに休んだのに…朝からアタマが重い理由
https://diamond.jp/articles/-/96908

【第2回】脳が疲れやすい人に共通する「休み=充電」の思い込み
―「疲れ→回復→疲れ…」のスパイラルから抜け出すには?
https://diamond.jp/articles/-/96965

ニューヘイブンの隠者

先端脳科学は「心」をどこまで治療できるか?久賀谷 亮
Akira Kugaya, PhD/MD
医師(日・米医師免許)/医学博士
イェール大学医学部精神神経学科卒業。アメリカ神経精神医学会認定医。アメリカ精神医学会会員。
日本で臨床および精神薬理の研究に取り組んだあと、イェール大学で先端脳科学研究に携わり、臨床医としてアメリカ屈指の精神医療の現場に8年間にわたり従事する。そのほか、ロングビーチ・メンタルクリニック常勤医、ハーバーUCLA非常勤医など。
2010年、ロサンゼルスにて「TransHope Medical」を開業。同院長として、マインドフルネス認知療法やTMS磁気治療など、最先端の治療を取り入れた診療を展開中。臨床医として日米で25年以上のキャリアを持つ。
脳科学や薬物療法の研究分野では、2年連続で「Lustman Award」(イェール大学精神医学関連の学術賞)、「NARSAD Young Investigator Grant」(神経生物学の優秀若手研究者向け賞)を受賞。主著・共著合わせて50以上の論文があるほか、学会発表も多数。趣味はトライアスロン。

私は米イェール大学・精神神経学科の地を再び踏んでいた。地下へ続く狭い階段を降りると、研究室のドアは開いている。中にいる人物と入口越しに目が合った。

「ほう、ナツ!」

この研究室の主であるラルフ・グローブ教授だ。20世紀後半から革新的な脳科学研究を次々と発表してきたこの老人は、私のことを「ナツ」と呼ぶ。小川夏帆という私の本名は、アメリカ人からすると記憶も発音もしづらいようだ。

「スーパー!!また会えるとはのぅ」

「スーパー」というのは彼の口癖。「すばらしい」という意味だ。小柄な体格、しわくちゃの白衣、あらゆる方向に乱れまくったモジャモジャの白い頭髪、安物のサンダルに毛玉だらけの靴下……相変わらず、清潔とは言いがたい風貌である。

彼のことを知らない人に、彼の容姿を100%確実に伝える方法が1つだけある。映画「スター・ウォーズ」に出てくるヨーダそっくりなのだ。実際に本人を目にした人は、そのあまりの的確さに驚きを隠さない。

「ふぉふぉふぉ、久しぶりじゃな。研究は順調かな?」

ヨーダ(心の中で私は彼のことをそう呼んでいた)は、握りしめたスポンジのように顔をしわくちゃにして、耳障りな高笑いを発している。どうやら私に再会できたのが相当うれしいようだ。

一方、私はこの部屋に入ってからずっと、どんな顔をすればいいかわからなかった。

「せ、先生……あのときは……すみませんでした!」

私は突然頭を下げた。心の中には激しい自己嫌悪が渦巻いている。

「まあ、座りなさい。ひとまずお茶でもどうじゃ?」

ヨーダは私の言葉などまるで意に介さぬかのように言い、陶器の湯呑みに緑茶を注ぎはじめた。

勧められるままに椅子に座ると、隣に積み上がっていた科学ジャーナルの山が雪崩を起こし、床にバラバラと広がる。研究室もまた彼の外見に似つかわしい散らかりようだ。

「ふぉふぉふぉ」

笑いながらモジャモジャ頭をボリボリかきむしると、白衣の脇の部分に汚らしい茶色のシミが見えた。いったいいつから洗濯していないのだろう。

ただ、残念なことに、これもお馴染みの光景だ。

「ナツ、ずいぶんと疲れとる様子じゃな。せっかくの美人が台無しじゃぞ。ま、疲れとらん現代人なんて、どこにもおらんのかもしれんがな、ふぉふぉ」

ヨーダの言うとおりだった。私はいま、数々の難題を抱えている。
しかし、何にも増して重大なのは、疲れていることだった。
問題を解決するための気力も体力も尽きかけ、ボロボロになったとき、私の足はどういうわけかここに向かっていた。目の前にいる怪しげな老人が棲みついた地下の研究室。まさか戻ってくるとは思わなかったこの場所——。

ヨーダが淹れてくれたあたたかい緑茶をひと口すすると、これまで目を向けないようにしていた疲れが心の奥底からドッと溢れてきた。

「先生、じつは……」

——これは、私が最高の休息法を手に入れるまでのストーリーだ。