もちろん、「ケースワーカーが、受け持っている生活保護世帯の資産を、正確に知っておきたい」と考えること自体は、不自然ではない。たとえば、「ある時期から急激に貯金が増加した」という場合、もしかすると「こっそり就労して収入を申告せず貯金している」ということなのかもしれない。これは、れっきとした不正受給だ。しかし、生活保護で暮らす人々から生気や活力を奪う行為が「適正」だとは思えない。それが「納税者の理解」を得るために必要だと言われても、その「納税者」でもある私は、どうも納得できない。

 税務申告は遅れ遅れかギリギリか、非課税になる年も多いフリーランサーではあるけれども、納税できる年には納税してきた。給与所得者であったときには、天引きで納税してきた。納税する以上は、公共の利益のために使って欲しいと思う。生活保護に関して私の考える「公共の利益」は、生活保護で暮らしている人々が、生活保護制度によってエンパワメントされ、元気に楽しそうに生活することだ。

 もしも本人が就労を希望しており、なおかつ就労が可能なのならば、ご本人が魅力を感じる仕事で生き生きとやりがいを持って働き、ご本人の考えるワーク・ライフ・バランスの実現された生活をしてほしい。現実に起こり続けてきていることは、ほとんど、その正反対なのだが。

「資産申告書の提出を求められて不眠症になってしまい、精神科で睡眠導入剤の処方を受けることになってしまい、それでも眠れないという方もいます」(安形氏)

 生活保護で暮らす方々は、「経済的にタイトな暮らし」というストレスに日常的にさらされている。そこに新しいストレスを加えれば、簡単に病んでしまうだろう。そして生活保護費の医療費が増えることになる。

「就労していて、もちろん毎月、収入申告を行っている方が、改めて資産申告書の提出を求められて、『こっそり悪いことをしているのではないか』と疑いの目で見られているようだ、という思いを語られたりもしています」(安形氏)

 いったん税金を「使う」側に立つと、役所から「性悪説」で見られがちだ。その地域の役所の「性悪説」が住民に伝われば、ご近所さんも、友人知人も、自分を「性悪説」と疑いの目でしか見なくなるかもしれない。この事情は障害者も同じだ。中途障害者は、障害者になることで、障害によるハンデとともに「性悪説で見られる」という日常的なストレスを背負うことになる。その不条理感は、カミュ「変身」の主人公にも匹敵するかもしれない。私自身、パワーダウンしているときに福祉事務所方面から疑いの視線を向けられると、「こんなことをされないためには、死ぬしかないのだろうか」という思いにかられる。

生活保護打ち切りは
ケースワーカー次第という恐怖

 それでも、理不尽な思いをさせられるだけで済めば、まだマシかもしれない。生活保護の打ち切りにつながった事例もある。

「貯金について、20万円とか40万円とか勝手に基準を決めて、それ以上あったら生活保護を中止したり打ち切ったりした自治体もあります。厚労省は、一律に金額を決めているわけではないのですが」(安形氏)

 貯金が監視されている。しかも、何万円で生活保護が打ち切られるかは、福祉事務所とケースワーカー次第。想像するだけで恐ろしい世界だ。

「預貯金があることを理由に、生活保護を止められるのではないかと不安になっていらっしゃる方、たくさんいます」(安形氏)

 命だけは取らないと言いながら、命以外の何もかもを「いいように」するというのなら、もう「生活保護」という名を捨てたほうが良いだろう。人の「生活」を「保護」しているとは言えないからだ。