ノーベル賞の行動経済学で考える「インフレ目標」そのものへの疑問行動経済学の研究が評価され、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授は今年、ノーベル経済学賞を受賞した Photo:AP/アフロ

 先日、スウェーデンのストックホルムでノーベル博物館を見学したが、入り口付近に今年ノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のリチャード・セイラー教授の展示があった。

 彼が、受賞理由である行動経済学の研究に情熱を注いできた背景には、「人間は合理的に判断する」という従来の経済学の仮定に対する強い違和感があった。

『かくて行動経済学は生まれり』(マイケル・ルイス著)によると、若き日のセイラー氏は「経済学は人間の本質を研究するはずのものなのに、人間の本質に目を向けていない」と感じていた。大学院での評価も低く、悶々としていたとき、彼はダニエル・カーネマン氏とエイモス・トヴェルスキー氏というイスラエル人心理学者たちの共同研究を読み、衝撃を受ける。

「心理学が詰まったトラックが、経済学の内部の聖域に突っ込んで爆発するかもしれない」と直感したセイラー氏は、心理学と経済学の統合に没入していく。

 経済学が人間をあまりに単純化して考えてしまう例は、近年も時折見られる。「中央銀行がインフレ目標を掲げると、国民のインフレ予想がそこに収斂していく」という見解は、まさにそれだ。

 わが国では、2013年1月に政府と日本銀行の間で2%のインフレ目標が合意された。それから間もなく5年が経過するが、インフレ目標の達成は全く見えてこない。現段階では、日銀は19年度にインフレ率が2%近辺になると言っているが、来年には7回目の目標達成の先送りが決定するだろう。