米中貿易摩擦などに伴い景気の先行きに不透明感が生じた場合、金融政策でこれに対応する旨をFRB(米連邦準備制度理事会)が示唆する中、米国債市場は今後複数回の利下げを織り込む形となっている。

 足元で米国の景気が減速に向かっているという明確な証左は見られず、個人消費などは底堅く推移しているが、米国債利回りを下げながら株価が上がっていく様は、景気減速のいかんを問わず金融緩和を行ってほしいというマーケットの催促のようにも見える。

 FRBがこれを無視した場合、株価を大きく下げかねず、株価下落が家計の貯蓄率上昇を介して個人消費を大きく下げ得る点に鑑みれば、複数回の利下げは既成事実化したといえそうだ。

 利下げ期待の中、米国10年債利回りは2%割れも視野に入れつつある。ただ、FRBが利下げを行う場合、その影響はより短い金利に強く表れるのが常だ。

 2年債利回りなどが利下げ後の政策金利に近づくはずである。他方、10年債などの長めの国債の利回りはFOMC(米連邦公開市場委員会)で示されるFF(フェデラルファンド)金利見通しのうち「長期見通し(ロンガーラン)」とされるものにより近くなるべきだ。

 これは各国の長期金利がその国の期待潜在成長率に等しくなるとの「フィッシャーの方程式」の考え方に基づく。

 最新の「長期見通し」の平均値は2.75%。米国10年債利回りはかなり下方に乖離しているが、10年債利回りなどから計算した「5年後の米国5年債利回り」も2.3%程度まで低下している。

 これは今から5年たってもFRBが中立的とされる2.75%まで利上げできないことを意味する。5年の間に米国の期待潜在成長率が2.3%程度まで低下するとの思惑を反映しているともいえる。

 米中貿易摩擦が一時的な米国経済の減速要因となる可能性は否定できないが、それが一時的なものであれば、数年以内に米国経済は復活し、いずれは「長期見通し」の2.75%まで再利上げが行われると考えるべきである。

 2%に近い米国10年債利回りは下がり過ぎであるといえ、利下げの効果が生じて景気が上向きかければ急上昇することもあると考えられる。一方では、少子高齢化や「ミレニアル世代」の消費スタイルの変化などから、期待潜在成長率が緩やかに低下してきている点も認めざるを得ない。

 昨年の10年債利回りの3%超えは、トランプ減税で過度に景気が押し上げられた中での異例の事態であった可能性が高い。2%付近まで下がった10年債利回りが今後上がっても、上昇幅は限定的であると予想すべきであろう。

(SMBC日興証券チーフ為替・外債ストラテジスト 野地 慎)