シスコシステムズ元CEOのジョン・チェンバース氏(左)とIBM元会長のサミュエル・パルミサーノ氏シスコシステムズ元CEOのジョン・チェンバース氏(左)とIBM元会長のサミュエル・パルミサーノ氏。「両利きの経営」を実践した名経営者だ Photo:Bloomberg/gettyimages

 デジタル化の大きな波の中で、全ての企業で事業のイノベーションが課題となっている。既存企業でのイノベーションへの取り組みで問題になるのが、「イノベーションのジレンマ」だ。

 これは、「優良な企業が顧客に対応して努力すればするほどイノベーションから遠ざかり、新たな挑戦者(イノベーターや破壊者)に足をすくわれる」というジレンマのことで、クレイトン・クリステンセン氏が著書の中で解き明かしたものだ。この本は今や世界中の企業経営者、幹部のバイブルとなっている。

 しかし、イノベーションのジレンマを理解すると、次に「では、既存企業は外からの挑戦者による破壊的な力の前に、なすすべはないのか」という疑問が湧いてくる。

 そこで、私は既存組織の“城壁”の外側に独立したベンチャー組織をつくり、そこでつくられた新事業を「トロイの木馬」のように城壁の中に引き入れるモデルを提唱してきた。木馬(新事業)の開発途中では、なるべく既存組織の影響を受けないようにすることが最重要と信じていたからである。

 既存のビジネスモデルとは異なる新事業をつくることは、管理・秩序を重んずる閉鎖的な古い組織の中では難しい。だから、物理的にも企業本体から切り離して開発する必要があるのだ。

 ただ、新しい組織をつくるだけでは回らない。そこに集う企業の従業員たちは既存事業の規範が身に付いていて、失敗を恐れず試行錯誤しながら木馬をつくるという、イノベーション追求に必要な文化を持っていないからだ。そこで要となるのが、経営トップである。

 本連載では、経営トップへのメッセージを度々発してきた。「新しい事業分野にチャレンジするコミットメントを表明せよ」「イノベーションが分からないことを勇気を持って認め、新しい組織のリーダーやイノベーション人材を探索・選択することに自らコミットせよ」「新事業創造の組織に合った人事政策のビジョンづくりをけん引すべき」などだ。これらは新時代の経営トップに課せられたことだ。いずれも厳しい要求だ。