尾原宏之
東大コンプを拗らせた昔の東北大生の「コンプレックス解消法」あまりに器が小さかった
戦後、学制改革によって新制大学が続々と誕生し、帝国大学が新制大学と横並びになるのではという予測もあった。だが実際にはヒエラルキー上部には圧倒的に東大が君臨し続け、地方の旧帝国大学生は「東大コンプレックス」を抱え続けることになる。彼らの東大コンプレックス解消法とは?※本稿は、尾原宏之『「反・東大」の思想史』(新潮選書)の一部を抜粋・編集したものです。

「点取主義」「頭が空っぽなのがわかる」100年前の東大生、メチャクチャ辛辣だった!
大正時代に東大の学生生活を綴った、『赤門生活』。試験漬けの生活を「点取り主義」だと嘆き、芸者遊び、ビリヤードなどに明け暮れたり、並の学生と同じような悩みを抱えていたことが伝わってくる。そんな生活の中から、自分は学校の勉強は得意だが深く考える力がない、と気付く学生もいた。※本稿は、尾原宏之『「反・東大」の思想史』(新潮選書)の一部を抜粋・編集したものです。

「慶應なんてやめて小樽高商にしとけ」国立至上主義の教師、まさかの100年前から存在していた
大正時代、慶應進学を希望する学生を阻止してまで、教師たちはこぞって学生を国立校へ行かせたがったという。国立至上主義だった教育界、そして学生たちに広がった私大差別。今日まで続く東大覇権確立の裏にあった「慶應義塾大学」の苦悩とは?※本稿は、尾原宏之『「反・東大」の思想史』(新潮選書)の一部を抜粋・編集したものです。
