しかし、当時の米国はTPPの構想を練る一方で、自国経済は金融危機からの回復もゆるやかで経済格差が広がっていく状態であり、自らの目論見の産物であるTPPは自国民から空前ともいうべき反対を受けた。民意が政治の場に伝わったとき、TPPは今年の米国大統領選挙における重要な議論を呼ぶ話題の一つとなった。

 オハイオ州やペンシルバニア州などの古くから工業の中心地だった州は、今では「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」となっているが、これらの州は多くの労働者階級の有権者を抱えており、米国の二大政党にとって主戦場といえる。民主党の候補者であるヒラリー氏、共和党の候補者であるトランプ氏のいずれにとっても、これらの州で勝利を収められるかどうかが勝敗に大きく影響する。しかし、これらの州の労働者階級の有権者からしてみれば、貿易の自由化によって仕事が失われることほど腹立たしいものはない。

 有権者の気持ちと好みがすべてを決定するという状況下で、ヒラリー氏とトランプ氏は容赦なくTPPを酷評している。米国の二大政党の候補者がいずれも、貿易のグローバル化に対して明らかな敵意を示している。これは歴史的な観点から見ても、第二次世界大戦以降の大統領選挙では一度も見られなかった光景だ。かつてはグローバル化のリーダーだった米国が、態度を一変させて他国を顧みなくなった時、世界は震撼することだろう。

 TPPの現状によってバツの悪い思いをさせられているのは、米国のオバマ大統領である。少なくとも発言上はTPPを救おうと試みてきた。5月に伊勢志摩サミットに参加して、日米首脳が会談し、その後の記者会見では、「私どもは引き続き、世界平和、世界経済の成長を促進し、TPPを前進させる必要性について話し合った」とオバマ大統領は語り、さらに別の場では、「TPPはグローバル化と科学技術のニーズであり、TPPの推進を継続しないことは、経済一体化の流れを逆転させるようなものだ」と表明している。

 しかし、各国で反エリートや排他的な感情が高まっている中、こうした弁護にも説得力はない。来年の大統領退任前にTPPの議会で批准させることが、オバマ大統領にとってTPP救済の最後のチャンスとなるが、その望みは薄いといわざるを得ない。なぜなら、オバマ大統領が所属する民主党の大多数の議員がTPPを支持しない意向であり、彼が当てにできるのは国際貿易を支持している共和党議員の加勢だけだが、実際に支持を取り付けられるという保証などない。

 もしTPPが米国国会で承認されなければ、ヒラリー氏であれトランプ氏であれ、だれが政権をとったとしてもTPPは暗礁に乗り上げることだろう。オバマ大統領が語ったとおり、TPPは「政治のサッカー」、つまり政治家たちの手中で操られる駆け引きの道具と化してしまった。