「普通は」得にならない内部告発

 もともと本人が名乗り出ており、既に一部の週刊誌では実名が報じられているので、名前を秘する必要はあるまい。神戸海上保安部所属の海上保安官・一色正春氏(43歳)が、尖閣諸島沖での中国漁船と巡視船の衝突の模様を映したビデオを流出させた問題に関して、警察・検察当局は、同氏を逮捕せずに、任意で取り調べを継続する方針を決めた。今後、起訴され有罪になる可能性が無くなったわけではないが、問題の画像が保護すべき秘密であったことを立証する難しさ、さらには問題の中国人船長を釈放しておきながら、事実の一部を公開しただけの一色氏の罪を問うバランスの悪さなどを勘案すると、起訴にいたらないのではないかという観測が流れている。

 ただし、法的には罪を問われないかもしれないし、問われても軽い(公務員の守秘義務違反は50万円以下の罰金)公算が大きいが、一色氏が負っているリスクは決して小さくない。

 一色氏の行動はおそらく海上保安庁の内規の禁止事項に触れているだろうし、時の政権から海上保安庁が管理責任を問われている以上、何らかの処分を求められる公算が大きい。端的にいって、一色氏は失職する可能性がある。『週刊現代』(11月27日号)の記事によると、一色氏はいったん民間企業への就職を経験した後だが、商船高等専門学校を経て海上保安庁に就職している。商船高専卒業者にとって海上保安庁は良い就職先だろうし、世間の注目を惹いた後なので失職した場合、再就職は簡単でないかも知れない。家庭もお持ちで、お子さんもいるようだ。本人は現在も相当の不安を抱えているだろうし、悩んだ上での内部告発だっただろう。

 今回の内部告発とその後の自首について、世間の様子を見て名乗り出る卑怯な行動だ、という評があるようだが、これは内部告発者の立場に対する配慮を欠いた議論だと思う。

 一般に、内部告発は、最高に上手く行っても、告発した本人の得にはならない。本連載でも取り上げたが、オリンパスで上司の不正行為を社内の告発窓口に通報した社員は、社内で不当な扱いを受けたとして裁判で争うに至ったし、ミートホープ社の不正を告発した社員は、世間に同社の不正を知らしめることには成功したが、会社が潰れて職場を失ってしまった。その他、各種の食品を巡る問題や、金融を巡る不祥事の告発者も、不正の周知に成功することはあっても、告発した本人が、本人にとっての正義の達成以上のメリットを得たケースを知らない。