たとえば、40代になった今もなおメジャーで活躍を続けるイチロー選手は、この20年間、大きなケガをした経験がほとんどありません。体型も、プロ入りした当時とそう大きく変わってはいないでしょう。
メジャーリーグの公式サイトに記載されている身長180.3センチ、体重79.4キロというサイズは、プロ野球選手の中では大柄と言えませんが、それがハンディになっているようには見えません。それどころか、メジャーで3000本安打を記録するなど、数字のうえでも圧倒的な結果を残しています。
ウェイト・トレーニングのような一般によく行われているトレーニング法について、彼はどう評価しているのでしょうか?2016年3月15~16日に放送されたテレビ番組「報道ステーション」のインタビューで、聞き手の元プロ野球選手の稲葉篤紀氏と次のような興味深いやりとりをしています。
―トレーニングで体を大きくして、それを活かすのが流行っているが?
「いやいや全然ダメでしょ。自分の持って生まれたバランスを崩したらダメですよ」
そう、開口一番、ウェイト・トレーニングに対し否定的な発言をしているのです。
面白いと感じたのは、このあとのコメントです。
「トラとかライオンはウェイト・トレーニングをしない。筋肉が大きくなっても、支えている関節とか腱は鍛えられない。だから、重さに耐えられなくて壊れちゃう。当たり前のことなんです」
こうしたコメントに接すると、彼が意識してきたのはまさに身体感覚であることが見えてきます。身体感覚を磨き、その結果として身体能力がキープできたことが、大きなケガをせず、日米をまたいで活躍を続けてきたカギと言えるのです。
イチロー選手の場合、プロ入り直後にバッティング・フォームを否定され、改造を強いられたのを、自らの意思で断ったとされています。それはなぜか?自分自身が培ってきた身体感覚を大事にしたかったからでしょう。
筋力アップには
全身のバランスを崩すリスクがある
ウェイト・トレーニングのすべてが悪いわけではありませんが、筋力をつけることが即、動ける体につながるとは限りません。
甲子園や大学野球でしなやかな動きをして活躍していた選手が、プロ野球入りしてから熱心にウェイト・トレーニングに取り組み、しだいに低迷していった例がありますが、この場合は、むしろ、太くなった腕力や脚力に頼ってしまうことで、体幹部の活用がおろそかになってしまった可能性も考えられます。
また、私の指導を受けたことのある元プロ野球のピッチャーは、ある球団に在籍していた時に「タメをつくらないと速球が投げられない」と指導され、下半身強化のためにウェイト・トレーニングに励みました。
しかし、彼も体のバランスを崩し、思うような結果を残せないまま、最終的には自由契約になってしまいました。それでも再起したいということで、私のもとを訪れたわけですが、彼の体を観ていくと、体のあちこちが硬化し、ウェイト・トレーニングによって自らの持ち味が失われてしまった典型のような状態であるのがわかりました。
ピッチャーが肘や肩を故障するのは、このようによかれと思って始めたトレーニングが仇になっていることが多いのです。
大事なのは体の末端(手足)と体幹(胴体)を連動させ、全身を有機的に動かしていくところにあるわけですが、これはただ筋力アップするだけで得られるものではありません。部分的な筋力アップによって、かえって体全体のバランスが崩れてしまうことで、全身を使ったダイナミックな投球がしにくくなり、ケガの原因にもなります。