「ごめん、お待たせ」

「おお、待ちくたびれたぞ、では早速向かうとするか。それにしてもさっき飲んだマッチャ?とやらは美味かった。また飲みに伺おう」

「よっぽど気に入ったんだね。じゃあ今度粉末タイプの抹茶、買って持っとくよ」

「おお、それは頼もしい!では遠慮なくいただこう。重くてもかまわんから大量に頼む。じゃあ、いまから鴨川に向かうぞ。さあアリサ急ぐのだ」

 そう言うとニーチェは立ち上がり、すたすたと歩き出した。鴨川?一体そこに何があるのかわからなかったが、とりあえずニーチェのあとをついて行くことにした。

 お土産物屋さんから鴨川までは歩いて三十分ほどかかる距離である。このあたりには国立大学や芸術大学など、大きな大学が建ち並んでおり、鴨川へ向かう大通りは、多くの大学生が自転車で行き来している。

「ねえ、ニーチェ、ニーチェって普段何してるの?」

「そうだな、スマホゲームをよくしている」

「え?それは趣味の話でしょ、仕事だよ」

「仕事は、思いついた時にしている」

「なんの仕事しているの?」

「スマホゲームをつくっている」

「え?そうだったの!スマホゲームは趣味だけじゃなかったんだ」

「いや、趣味でもある。アリサはスマホゲームは好きか?」

「まあ、たまに暇つぶしにちょっとやる程度かな。ニーチェは、どんなゲームをつくっているの?」

「代表作は、“The Twilight of the Idols~アイドルの夜明け~”だ。これはいまでもガンガン課金されている。そのうちアニメ化しそうな勢いだ」

「アイドルの夜明け?一体どんなゲームなの?」

「恋愛禁止という掟の中で、恋愛禁止という掟を破り、週刊文春に撮られまくるという道徳に縛られないアイドルを育成していくゲームだ」

「へ、へえ……そうなんだ(それって面白いのかな?)」

「逆に、アリサは普段何しているのだ?」

「私?私は見てのとおり高校に行ってるよ。あとは、バイトかな。まあ、うちちょっと特殊でさ、家のことも自分でやらなきゃいけないからいろいろ慌ただしいけど……」

「特殊、とは何が特殊なんだ?」

「ああ、私、高校入学と同時に市内にきて一人暮らししてるんだ」

「ほう、そうなのか。それはまた珍しい環境だな。お前の両親はいま実家にいるのか?」

「お母さんは、おばあちゃんと実家に住んでるけど、お父さんはベトナムにいるんだ」

「お前は寂しくないのか?」

「うーん、どうだろう。お母さんは“たまには実家に顔を見せなさい”って言うんだけど、あんまり家族に深入りしたくないというか、苦手というか実家に帰りたいとは思わないんだよね。部活やめて寮を出ることになった時も実家に帰るって発想にはならなかったんだよね、なぜか」

 両親の話をする時、私はいつも不思議な心地に襲われる。両親のことを話しているあいだは、心が硬直しているような、自分が自分から切り離されているような不思議な感覚だ。そしてこの感覚が、私は苦手だった。けれども、それ以上踏みこんでも仕方ないと自分の中で区切りをつけてもいた。(つづく)

【『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』試読版 第7回】ねえ、ニーチェ、ニーチェって普段何してるの?

原田まりる(はらだ・まりる)
作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター
1985年 京都府生まれ。哲学の道の側で育ち高校生時、哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。著書に、「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある