これを裏付けるように著者は、遠く離れた氷河期の洞窟に残される共通の記号を調べ上げていく。たとえばシチリアとスペイン北部の洞窟。この二つの遺跡からは線と山形記号の線刻が顕著に見られることが分かり、さらにフランス、スペインそれぞれの別の洞窟からは、特異な屋舎記号や、羽状のものといった記号の共通性も見つかった。

 さらにヨーロッパ全域に広げてみると、主要な記号は合計32種類に集約され、それぞれに特有の利用パターンがあることまでが明らかになる。線、点、山形、楕円、手形、十字型、四角形、三角形、円…。この種類の少なさこそが、すでに何らかの記号体系をもっていたに違いないことを示唆するのだ。はたしてこれは、最古の文字と言えるのだろうか?

 この謎を解く鍵になるのは、太古の人類たちのコンテキストだ。著者は様々な仮説を丁寧に紡ぎあげながら、彼らの心の中を覗き込もうとする。伝えたかった内容が死者を悼むといった利他的なものだったのか、それとも自分の存在を誇示するための利己的なものであったのか。それはまさに、過去の記憶を描き直す行為でもあった。そしてこれらの抽象記号が、約6000年前とされる甲骨文字や楔形文字には及ばないものの、話し言葉と書き言葉をつなぐ重要なミッシングリンクであったことを導き出していく。

最古の地図、音楽の始まり
トランス状態と幾何学記号の関係は?

 僕は、この抽象記号の羅列の中に「バカが見る?」といった他愛のない内容が含まれていてくれと思いながら、本書を読み進めていった。結果的にそんなことはなかったのだが、ごくありふれた普通のやり取りであればあるほど感動を覚えられるということは、過去を想像することの醍醐味と言えるだろう。

 この他にも本書では、興味深いエピソードが満載で、1万6000年前に歯で作られた首飾りが外部ストレージのように使用されていたという話や、最古の地図、音楽の始まりといったエピソードも紹介されている。特にトランス状態と幾何学記号の関係にまで言及している点には、目を奪われた。

 書籍、手紙、メール、ソーシャルメディア。私たち人類はその長い歩みの中で進化そのものを外部化し、コミュニケーションを加速させた。その一方で、身体性を伴う範囲のゆっくりとした進化であったものの、時空を超えて現代の人間にまで何かを伝えようとする、太古からのメッセージの健気さには心打たれるものがある。

 はたしてコミュニケーションが加速するにつれ、世界がバラバラになっていくことは必然だったのだろうか? 何万年もの間にわたって受け継がれてきた人類の営みの普遍性こそが愛おし――多くの人がそう再認識できるのなら、世界は一つであることも、きっと信じることが出来るはずだ。