一見、「それだけ稼げるなら生活保護から脱却すればいいじゃないか。簡単に脱却できそうじゃないか」ということになりそうだが、高額の医療費を必要とする家族がいるケースなど、これだけの就労収入があっても生活保護から脱却できない場合はある。

 では、家族が同居し、力を合わせて働けば、働ける人数が増えた分だけ、暮らし向きは楽になるのだろうか。「2人で働いても1人分しか収入が増えない」ということはないものの、働ける世帯員が増えて稼げば稼ぐほど、その世帯は「稼いだら損」になっていく。

 これで「就労促進」と言っても……というのが私の正直な感慨だが、読者の皆さんはどうだろうか。なお、この「手元に残る収入」は、生活保護用語では「基礎控除」と呼ばれ、就労したことに対するインセンティブではない。「就労に伴って増える費用の分くらいは穴埋めします」という趣旨だ。

働いても最低生活しか送れない
生活保護基準は「ガラスの天井」

 このように、就労意欲を阻害するかのような仕組みとなっている理由の1つは、生活保護が保障するのは、あくまでも「健康で文化的な最低限度の生活」、すなわち最低生活であるからだ。生活保護のもとで就労して収入を得ることで、最低生活以上の生活が可能になることは、原則的に「まずい」とされているのである。このため、生活保護基準を超える収入は収入認定され、1万5000円を超えると、ほとんどが自分のものにならない。

 収入認定の場面で手元に残るいくばくかの金額も、働いたことに対するインセンティブというわけではない。この金額(基礎控除)は、勤労に伴う必要経費として認められているだけなのだ。

 むろん、生活保護で「1億円のタワーマンションが買えた」「新品の高級外車が買えた」となると、「何のための生活保護?」ということにもなるだろう。しかし、「働いたら損」という状況を放置したまま「就労促進を」と言っている現状は、あまりにも問題がありすぎるのではないだろうか。しかも、現状の生活保護基準は、もはや「健康で文化的な最低限度の生活」を保障できているわけではない。

 とにもかくにも、現状の生活保護制度が、収入面で就労促進的になっていないことは間違いない。この状況を変えるためには、何が必要だろうか。

 まずは、「生活保護なんだから、働いても『最低限度の生活』でいてくれないと許せない」、言いかえれば「生活保護を受ける以上は、生活保護なりの生活しか許さない」、もっと端的に言えば「差別させてくれなきゃ困る」という思いを、世間が捨てること。

 さらに、「生活保護で普通の基本的な生活ができる、働いたらもっと可能性が増える」という制度が良いと考え、そのことを制度の形に表わしていくこと。これらが、私には、難しいけれども最も確実な解決方法に見える。