理想のピンピンコロリ
父の死亡から帰宅まで

 ところが、その日の夕刻、施設の担当者が夕食を知らせに来てみると、ベッドに座っている父の様子がおかしい。直ちに医者を呼んだが、18時14分付けで死亡が確認された。苦しんだ様子もなく、血を吐くなどの跡も一切なく、静かに事切れていたのだという。急変の知らせを受けた母は施設に駆けつけたが、最期には間に合わなかったし、息子(筆者)、娘(筆者の妹)も東京で働いており、同様だった。

 しかし、世間では理想の死に方と言う向きもある、いわゆる「ピンピンコロリ」の死に方の場合、こうなるのは仕方がない。本人・家族ともに最後の別れを言うことができないが、家族の時間を余計に使うこともなく、心配を掛ける時間もないし、終末の医療費も掛からないのは大変いい。

 なお、本人は、施設に対し、一時的な延命措置を望まないことについて、意思確認の書類を提出していた。意識がないのに、各種の管がつながって生きているような状態を、本人も家族も嫌ったのだ。

 知らせを受けて、筆者と妹は取り急ぎ羽田空港に向かい、最終便で札幌の実家に着いた。到着は零時を過ぎていたが、母が葬儀社に連絡を取り、父の遺体をすぐに自宅に戻しており、父は和室の一室に仰向けに寝ていた。顔に布は掛けられておらず、声を掛けると目を覚ましそうな様子だ。

 遺体はドライアイスによって冷却されており、葬儀社によると丸2日間、自宅に置くことができる。「その間、ゆっくりお別れしてください」と言う。ドライアイスは半日単位で葬儀社によって取り替えられた。

 遺体の様子はまるで普通で、恐ろしさや、おどろおどろしさは一切なかった。線香の臭いなどがないのが、良いのだろう。筆者は、二晩、遺体の近くに寝ていて、思い出したことなどを語り掛けた。生前の父との違いは、いびきも返事もないことくらいだ。

 今回のやり方だと、家族は故人との別れをゆっくり惜しむことができる。葬儀社が手際よく用意した枕元の小机に花を飾り、故人が好きだった珈琲や紅茶などを入れる度に声を掛ける。2日目の夜は、「そういえば、彼は、家族とすき焼きをするのが好きだった」と思い出したので、残った家族3人ですき焼きをしながら、故人の思い出話をした。

 家族だけで別れを惜しむのがいい、という母の意向で、父の死亡は、父の弟夫妻と札幌在住の甥、及び父が作った会社(現在は母が社長)の筆頭部下にしか知らせなかったので、彼ら以外の弔問客もない。