「強権発動」でも、日本への影響はわずか

また、仮にトランプ政権が保護主義的な通商政策を打ち出したとしても、日本が最大の貿易黒字国であった1990年代までとは状況が大きく異なっているという点も忘れるわけにはいかない。

残念ながら、現在、米国にとっての通商問題の主役は、もはや日本ではない。世界第2位の経済大国にして、貿易黒字国でもある中国だ。さらに、中国同様に関税引き上げが検討されているだけでなく、国境間の人的移動の制限も俎上に載っているメキシコである。トランプ政権が保護貿易に打って出るとすれば、真っ先にターゲットになるのはこの2国だろう。

となると、トランプ政権の通商政策で影響を受ける通貨は、メキシコ・ペソあるいは人民元などの新興国通貨だ。実際、トランプ政権への思惑で最も大きく値動きがあったのはペソである。トランプ勝利の直後には、他の新興国通貨と同様、ペソの対ドルレートは史上最安値を更新している。

そうした状況のなかでは、ドル円レートは脇役に位置づけられるだろう。だからこそ、ドル円の為替レートの方向性は、これまでどおり両国の中央銀行が打ち出す金融政策がダイレクトに反映されていくと見るのが順当だ。

つまり、日本の為替アナリストの多くが懸念する「保護主義的な米国の経済政策が円高・ドル安をもたらす」という見通しは、過去のトラウマに基づいた強迫観念の域を出ず、杞憂に終わる可能性が高いのである。

[通説] 「貿易赤字を問題視するトランプは円安を許さない」
【真相】 否。過去の円高は日米の「共犯」。トラウマを捨てよ。

村上尚己(むらかみ・なおき)
アライアンス・バーンスタイン株式会社 マーケット・ストラテジスト。1971年生まれ、仙台市で育つ。1994年、東京大学経済学部を卒業後、第一生命保険に入社。その後、日本経済研究センターに出向し、エコノミストとしてのキャリアを歩みはじめる。第一生命経済研究所、BNPパリバ証券を経て、2003年よりゴールドマン・サックス証券シニア・エコノミスト。2008年よりマネックス証券チーフ・エコノミストとして活躍したのち、2014年より現職。独自の計量モデルを駆使した経済予測分析に基づき、投資家の視点で財政金融政策・金融市場の分析を行っている。
著書に『日本人はなぜ貧乏になったか?』(KADOKAWA)、『「円安大転換」後の日本経済』(光文社新書)などがあるほか、共著に『アベノミクスは進化する―金融岩石理論を問う』(中央経済社)がある。