行動に大変化が!
(Kisou Kubota)京都大学名誉教授、医学博士。世界で最も権威がある脳の学会「米国神経科学会」で行った研究発表は、日本人最多の100点以上にのぼり、現代日本において「脳、特に前頭前野の構造・機能」研究の権威。2011年、瑞宝中綬章受章。1932年、大阪生まれ。著書に、『1歳からみるみる頭がよくなる51の方法』『赤ちゃん教育――頭のいい子は歩くまでに決まる』『あなたの脳が9割変わる! 超「朝活」法』(以上、ダイヤモンド社)などベスト&ロングセラー多数。
抗けいれん薬の使用量は減りましたが、知能や人格に変化はないのに、行動に大変化が起こりました。
つまり、話すことはできましたが、新しいことを覚えるのは、まったくできなくなってしまったのです。
海馬が長期記憶に必須であることが、モレゾーンさんの手術後の変化で初めてわかった後、海馬の働きが研究されるようになりました。
モレゾーンさんの記憶回路もよく研究されながらも、残念ながら2008年に亡くなりました。
彼の記憶を研究した研究論文がこれまで100編ほど出ています。
モレゾーンさんの脳の働きの研究は、手術直後から始まり、現在も続いています。
一番早く研究を始め、論文を発表したのが、スコビル博士とブレンダ・ミルナー(大学院生)で、1957年に出版されました。
モレゾーンさんは、海馬の手術前は、普通のヒトと同様、短期記憶と長期記憶を使って生きてきましたが、手術後は、短期記憶だけで生きるようになってしまったのです。
彼の短期記憶は30秒~30分ほどしか続きませんでした。
このときまでに、長期記憶なしの生活で大人になったヒトはいないので、想像するしかありません。
生まれたばかりの赤ちゃんが、そのまま大人になったのを想像してみるのがいいでしょう。
長期記憶と生活の関係
どれだけ長期記憶ができているかで、生活の仕方がよくなってくるのです。
モレゾーンさんは27歳まで一般人と同じ普通の生活を送っていました。
モレゾーンさんに、彼の顔写真を見せると、海馬手術前なら自分だとわかるのですが、手術後に彼の顔写真を見せても、自分だとわからなくなっていました。
モレゾーンさんの記憶をよく研究し、亡くなるまでつき合ってきたスザンヌ・コーキン博士が、モレゾーンさんに関する書籍を2013年に出版しています。
表題が「Permanent Present Tense(死ぬまで現在形)」。副題に「The Unforgettable Life of the Amnestic Patient, H.M(健忘症患者H.M.の忘れられない人生)」とあり、翻訳書も出版されています(『ぼくは物覚えが悪い』スザンヌ・コーキン著、早川書房、2014年刊)。
彼の生活と彼の記憶の研究がよく書けているので、前頭葉の働きに興味をもたれる方には一読を勧めます。