つまり生産性が上昇しないので、アートをやっている人が生きていくためには、どんどん料金を上げていかないといけなくなります。そうすると、一部の超お金持ちしかアートを楽しめなくなります。それでは困ってしまうので、国の助成や寄附を免税にするなど、社会のメカニズムが必要になります。

 もう少し経済的な観点でいうと、いま世界の産業ではものすごく、クリエーティビティー(創造性)が求められているんですね。その源泉こそアートです。だからクリエーティブな経済をつくるのと、社会でアートを発展させるのは、実はコインの表裏みたいなところがあるわけです。

──日本でもっとアートを普及させるために、制度面からなすべきことは何でしょうか。

 アートは生産性が上がらない分、どんどんコストが高くなっていきます。その対応のためにはある程度、国と民間が出さないといけません。

 日本の問題は両方ともやっていないことです。約540兆円のGDP(国内総生産)の国で、文化関連予算は1000億円しかありません。これは国民の1人当たり支出でフランスの10分の1程度なのです。米国は文化予算の割合こそ日本の4分の1ほどですが、代わりに徹底した寄附控除の税制が整っています。 

 日本の政府予算の配分はやっぱりおかしいんですよ。予算配分の理由付けをするために、いわゆるエスタブリッシュした(権威付けされた)人ばかりに予算がいく仕組みになっている。伝統的な邦楽などが典型ですが、これは既得権益なんですね。

 過去の箱物行政もそうでした。実は気がつけば、日本には美術館と音楽堂だけはたくさんあるんですよ。音楽堂なんて笑ってしまうほどあって、1990年代の10年間に1000造られました。年間100、つまり1年約50週なので毎週二つずつできた計算です。美術館も2週間に一つずつのペースで増えていきました。

 1990年代の本来やるべき不良債権処理などを先延ばしして、当面の公共事業ばかりやっていた政策の表れが実はここに出ている。でも箱だけつくっても、それを運営するノウハウもありません。運営にはお金が要るのに、そのお金もないので空き箱になっているわけです。あの投資は本当にもったいなかった。でももう取り返しはつきません。

米国型は寄附で税額控除
一人ひとりが文化を育てている

 だから米国型はすごく理想だと思います。寄附を税額控除するのは、国が助成しているわけですが、何に配分するかは民間が決めているのです。国の補助金は、何に配分するかを国の役人が決めているんですよ。(アートの良し悪しを国の役人が)分かるわけないじゃないですか。

 税は政治そのものなので簡単には動きませんが、だからこそ私は一人ひとりがプチパトロンになって文化を育てていくのが重要だと思います。

──アーティストが食べていくのは厳しい、というのは経済的に考えて宿命のようなものなのでしょうか。

 面白い議論があって、アーティストこそ貧富の格差の極致なんですよね。みんな格差に文句を言うのに、なぜアーティストは言わないのか。一つは本当に美を愛し、経済的価値以上のものを見いだしているから。