ロバート・アラン・フェルドマンさんとブロガー・ちきりんさんの対談も、いよいよ最終回。今回は、昨年から議論が続く「過労死」の問題からスタートします。フェルドマンさんは、過労死が注目されればされるほど、本来の働き方改革が進まなくなると言います。それはいったい、どういうことなのでしょうか。(構成/崎谷実穂 写真/疋田千里)

ロバート・アラン・フェルドマン
1970年、AFS交換留学生として初来日。76年、イエール大学で経済学、日本研究の学士号を取得。84年、マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券を経て、98年モルガン・スタンレー証券会社に入社(現・モルガン・スタンレーMUFG証券)。現在、同社のシニアアドバイザー。著作に『フェルドマン博士の 日本経済最新講義』(文藝春秋)などがある。

ゆがめられつつある「働き方改革」とその理由

ちきりん 最近、働き方に関する議論が盛り上がっているのは、昨年大きなニュースになった電通社員の過労死自殺がきっかけだと思うのですが、アメリカでは過労死がニュースになることはあるんでしょうか。

ロバート・アラン・フェルドマン(以下、フェルドマン) あまり聞かないですね。というか、日本で今なぜこんなに過労死が注目を集めているのかが、私にとってはよくわかりません。過労死という言葉は1980年代にも社会問題として取り上げられていました。つまり、その頃から何も具体的な解決策がとられてこなかっただけ。あの事件でいきなり過労死は大変だと騒ぎ出すことには、違和感がありますね。これは私説にすぎませんが、騒いでいる人は労働改革をつぶしたいんじゃないでしょうか。

ちきりん えー、それはまたユニークな見解ですね。労働改革を潰したいから過労死問題を取り上げてる? それってどういうことですか?

フェルドマン あの事件を引き合いに出すと、労働時間の制限が争点になってしまいますよね。もちろん、背景にはいろいろな要因があったのでしょうが、激務が直接的な原因だったとして、現在は「残業を規制しよう」という流れになっています。

ちきりん そう言われればそうですね。もともと労働改革に含まれていた正社員の解雇規制の緩和、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入など、他の施策にはまったく目が向かなくなってしまいました。みんなして残業を減らそうとか、月末の金曜日は早く帰ろうとか、そればっかり。これも誰かがこの事件を利用してのことなんですか?

フェルドマン そうです。現行の制度を維持したい既得権益層が、この事件を利用して労働改革をうやむやにしようとしている、というのが私の説です。

ちきりん それはすごい深読みですね! そんな解釈、フェルドマンさんじゃないとでてきませんよ。ご著書とか、ワールドビジネスサテライトのコメントを聞いていても、フェルドマンさんは日本人でもたどり着かないような深いところまで考えられているので、本当に驚かされます。

フェルドマン 中小企業は一番、労働改革に反対していますよね。ちゃんと規制を守っていないのは、圧倒的に中小企業だからです。でも、槍玉に挙げられているのは大企業ばかり。これはおかしいでしょう。

ちきりん それは昨年からの大きな変化で、最近は大企業ばかりがやり玉に挙げられてます。でもおっしゃるとおり、男女の機会平等や法定休暇の取得、解雇規制でさえ守られていない小さな企業は山ほどあるはず。それを放置して大企業をたたき、社会全体に「とりあえず残業を減らしましょう」運動を起こしている。大企業を叩くとこんなに人気がでるんだと、監督官庁も味をしめてしまったし。
 でも、それにより問題の本質から目をそらすことにもなってしまった。労働改革を労働時間の短縮問題に矮小化することで、「労働時間さえ短くなれば(日本の労働制度には)なんの問題もない」という間違った考え方さえ広まってしまいそうで不安です。

フェルドマン そう考えていると、いつまでたっても成果で評価することができなくなりますよね。そしてそもそも、規制を作ろうとしている官庁は規制の対象外。それはあまりにも官尊民卑、独善だと思います。そうした「官」を利用して儲けている企業もたくさんありますから、どっちも悪いのですが。

ちきりん 官僚の力が強いことで、国全体の改革が遅れてしまっている部分もありますよね。

フェルドマン 公務員の給料が高すぎることも、問題の1つだと思っています。2014年の法人企業統計によれば、企業規模別の1人あたりの人件費は、大企業では平均で709万円。中堅企業では419万円です。これでも差が大きすぎると思うのですが、さらに公務員は1人あたりの人件費が884万円になります。これは2015年度の予算から算出しました。

ちきりん そんなに高いんだ!

フェルドマン 公務員の中でも職種別に差があって、警察官や消防士はそこまで高くないのですが、教員が高い。文科省の白書によると、2014年の公立小中高校の教員は82万人。人件費は8兆8000億円。細かく計算すると、教員1人あたりの人件費が1000万円を超えるんです。

ちきりん そうそう。教員って共働きの方も多くて、年金額もすごい高かったりするんですよね。

フェルドマン もちろん、よい教員に高い給料を払うのは大賛成です。でも、教員全員が中堅企業の従業員2倍の価値を出しているのかというと、ちょっと疑問だと思います。格差にもよいものと悪いものがあって、公務員でも官庁のトップを務める人たちの給料は、現状安すぎる。大きな仕事をしてもらうために、シンガポールや香港のように高くすればいい。一方で、国の機関が地方に構えている事務所などはそれ自体がもういらないでしょう。

ちきりん 中央官庁の地方事務所って、電話もネットも整備されていなかった頃は必要だったけど、今はもう不要というケースもたくさんあります。でも地方には、公務員以外にまともな職がないという地域もたくさんあるんだと思うんです。
 地方公務員の給料が高く据え置かれているのは、地方の消費底上げのためでもあり、優秀な若い人が都会に流出せず、地方にとどまって就職できるようにするためでもある。いわば地方振興費用として地方公務員の給与は払われている。そこには「仕事の価値に応じた価格」という資本主義のルールは適用されていません。

解決策はやはり道州制

フェルドマン その問題を解決するのに必要なのは、地方分権でしょう。

ちきりん やっぱりそうですよね! 私もさっさと道州制にすればいいのにと思います。チマチマしてみんなで衰退するのを待っていても仕方ない。

フェルドマン 道州制になると、今よりも規模の大きい地方政府ができて、効率がよくなるでしょうね。

ちきりん たとえば北海道。札幌以外は過疎化が進みすぎて、いよいよ鉄道も維持できなくなっています。でもそれって発想を変えたら、新しい交通システムを導入する大チャンスですよね。北海道の地方なんて、車が少なくて道もまっすぐなので、自動運転にはもってこいです。自動運転のミニバスをたくさん導入して各町の間をつなぐとか、国に先駆けてドンドンやればいいんです。
 ほかにも遠隔医療やネット義務教育など、「広すぎて人口密度が低すぎる地域」にこそメリットの大きな最新技術がたくさんでてきています。北海道の小さな町に生まれ、各学年の生徒が数人しかいない学校でも、ネットを通じて最先端の教育が受けられ、待ち時間や移動時間無しで高度な医療が受けられる。そうなれば、そういう地域からも世界レベルの才能が育ってくるし、若者も高齢者も住み続けられる。北海道って今、一番、新技術の恩恵が大きな地域だと思います。

フェルドマン そうですね。

ちきりん 本来、そうしたグランドデザインを描くのは、北海道知事ですよね? 東北だと県が複数あるから、道州制にしないと各県の意見の摺り合わせに時間がかります。でも北海道は1つですから、今だって知事さえリーダーシップを発揮すれば実現可能なはずなんです。なのに何も起こらない。不思議すぎです。もはや国からの補助金に頼っていられる時代じゃないのに。

フェルドマン それは、テキサス州の例が参考になるかもしれません。テキサス州は全米第2位の広さを持つ、メキシコに接した南部の州です。現在エネルギー省長官であるリック・ペリー氏が前の州知事で、彼が州知事を務めていた時期にアメリカの州の中で一番再生エネルギー分野の産業が伸びたんですよ。
エネルギー関係の規制は各州で決まっているので、いくつかの州が集まっている地域で大規模な送電網を管理していますが、テキサス州だけは自分たちだけで管理しています。しかも、テキサス州は風力発電に適した広大な土地をもっているので、州知事の独断で巨大な集合型風力発電所をつくることができます。これは原子力発電所20基分くらいの発電能力です。
(注:MIT Technology Review 2016年11月号によれば、テキサス州における風力発電の年間発電容量は2016年時点で18GWであり、近いうちにさらに数千メガワットを追加するという。原子力発電所1基の年間発電電力量は発電所によりバラつきがあるが、しばしば1 GWと言われる。)

ちきりん 原発20基分とはすごい。そういう改革が北海道でもできるはずですよね。

フェルドマン でも一方で日本は、知事がなにか新しい動きをしようとすると、中央官庁が許可をしないというケースもあります。中央官庁としては地方を弱くさせたほうが得なので。

ちきりん 鶏が先か、卵が先かという話になりますが、中央官庁は地方自治体なんてあまりに頼りないから予算も権限も任せられないと言うんです。たしかにその通りで、特に地方議会のレベルはヒドい。でも、まずは任せないと人は育たないです。失敗も愚策も含めて、任せて初めて成長が始まる。

フェルドマン 育てる意志があれば、任せると思いますけどね。そうでないのが問題です。

ちきりん 前回の、「国が国民を守るのは、いいことのように見えて実は自立させないようにしてしまっている」という話と同じですね。

フェルドマン そう。親だったら自分の子どもが「宿題が解けない」と言ってきたときに、自分で解いてしまうようなことはしないでしょう。中央官庁にとって、地方は子どもではなくペット。リーダーシップを発揮させないで、自分の力を強めようとしているのです。

ちきりん そうかー、前回も思いましたが、この「自立妨げ問題」は本当に根深い問題ですね。このままでは日本人は、益々「お上頼み」になってしまう。

「留学」による人材交流が、国も企業も発展させる

ちきりん 最後に、日本企業の姿勢についておうかがいしたいと思います。日本企業は、いいものを作ったうえで、安売り競争をしようとする。これが不思議だなと。アメリカは「エブリデー ロー プライス」とは言いますが、「いいものを安く」とはあまり言わないですよね?

フェルドマン 日本人は、いいものやいいサービスを提供することに対してプライドをもっていますよね。美徳、と言い換えてもいいかもしれません。それは、今かけているこのメガネを買ったときに実感しました。これは老眼鏡なんですけど、レンズをくるっと上にあげることができるんですよ。

ちきりん 便利ですよね。遠くを見たいときにもメガネを外さず、レンズを回転させるだけでいい。

フェルドマン そのメーカーに海外にも売ってくれるかどうか聞いたんです。そうしたら、海外では売ってないと言う。なぜか。壊れたら直せないから、だそうです。

ちきりん えー、この眼鏡、日本にしかないんですか? しかも、壊れたら直せないという理由で、海外では売らないというのもすごいですね。

フェルドマン これって、すごく日本的な感覚ですよね。

ちきりん ええ。海外だと、なんでいちいちメーカーが直さなきゃいけないの、って思いそう。メーカーは売るだけ、直すのは修理屋の役目と割り切ってる人も多いし。

フェルドマン あるいは、「壊れたなら、もう1つ売ればいいじゃないか」と言うでしょうね。だから、美徳とするところがぜんぜん違うのだと感じました。

ちきりん そうかー。でもその考え方でいくと、ビジネスが拡がらないですよね。

フェルドマン そうですね。また、この会社は海外の市場環境を知らないのだろうな、と思いました。自分の会社のメガネが海外で売れるというチャンスに気づいていない。こんなメガネ、アメリカでは見たことがありません。だから、出したら売れる可能性があるんですよ。

ちきりん そうなんです。先日もほんとに驚いたんですけど、私がツイッターで「京都は日本が世界に誇る古都だけど、実際に京都に行ってみたら「どのあたりが古い日本の町並みなの?」って探し回らないと見つからない。パリやフィレンツェなど、世界の古都とは全く違う」って呟いたんです。そうしたらフォロワーの方から「えっ、パリやフィレンツェって違うんですか? 探し回らなくても古い建物が見つかるんですか?」って質問が来て……。
世界を知らない人が多いのは島国ってこともあるし、移民など海外の人をあまり受け入れないのもその理由なのかな。どこもかしこも日本と同じだと思ってるというか。

フェルドマン そうですね。でも、受け入れるのではなく、送り出すという方向でも、グローバルな感覚を持つ人を増やすことはできると思います。サウジアラビアは、2005年に即位したアブドラ国王が賢明な王様で、その年から国の奨学金で年間約20万人の留学生を送り出してきたんです。これを10年続ければ、サウジアラビアの社会は変わりますよね。実際、かなり変わってきています。

ちきりん サウジアラビアって絶対君主制の保守的な国、という印象でしたけど、そんな取り組みをしてるんですね。

フェルドマン 日本は民主党政権時代に、2兆円を使って「子ども手当」を支給するなどの子育て支援策を実施しました。そのお金を奨学金に使えば、40万人は毎年留学生を送り出せますし、また外国からも受け入れることができるはずです。将来の日本のことを考えたら非常に安いものだと思います。先ほどのメガネメーカーにも留学経験のある人が入社し、「このメガネ、ニューヨークでも売れるかも」「私がインドに行って売ってきます」という展開になることがあり得るはず。

ちきりん たしかにたくさんの移民を受け入れるよりも、日本人をさまざまな国に送り出そうという話のほうが、社会の抵抗感は少ないですよね。それはいい案かも!

フェルドマン 留学生を増やすことは、アメリカにおいてもトランプ政権への対抗策にもなり得ると思っているんですよ。というのも、やはりトランプを支持した選挙区というのは、世界との接点が少ない地域なんですよね。だから、そういう選挙区に支社がある日本企業が、現地の若手従業員や近隣に住む高校生を、日本にホームステイさせる施策をこっそり進めたらどうかなと(笑)。

ちきりん そうかー。トランプ氏支持の人も、世界を知らないから「俺たちはソンばかりしてる。日本や中国がズルイからソンしているんだ」という理屈を信じてしまうのか……。それは興味深い説明です。

フェルドマン 企業が飛行機代を負担して、日本の社員がホームステイの受け入れ先となる。そうすると、受け入れ先の家庭にとっても、すごくいい経験になると思います。留学生を受け入れたり、送り出したりするというのは、即効薬となる施策ではありません。でも、漢方薬のようにじわじわ効果がでてくるはずです。

ちきりん 知らないということは人を保守的にさせますよね。知らないものは怖いですから。知ってしまえばなんてことないことでも、知らない間は近づきたくないと思う。だとすれば、1人ひとりが世界を知ろうとすることが、よりよい未来につながるってことですよね?
 今回は生産性の話から始まって、日本にはびこる「自立を妨げる甘やかし問題」まで、とても大事な気付きをいただけました。これからもぜひまた、いろいろお話させてください。今日はどうもありがとうございました!


※この対談は全4回の連載です。 【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】