ワールドビジネスサテライトのコメンテーターとしても活躍する、モルガン・スタンレーMUFG証券シニアアドバイザーのロバート・アラン・フェルドマンさんと、人気ブロガー・ちきりんさんの対談が実現しました。まずは『自分の時間を取り戻そう』のテーマである生産性について、フェルドマンさんに専門である経済学の観点からご意見を伺います。(構成/崎谷実穂 写真/疋田千里)

ロバート・アラン・フェルドマン
1970年、AFS交換留学生として初来日。76年、イエール大学で経済学、日本研究の学士号を取得。84年、マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券を経て、98年モルガン・スタンレー証券会社に入社(現・モルガン・スタンレーMUFG証券)。現在、同社のシニアアドバイザー。著作に『フェルドマン博士の 日本経済最新講義』(文藝春秋)などがある。

 生産性を上げれば、まだまだ日本も成長できる

ちきりん 書店でふと見つけた『フェルドマン博士の日本経済最新講義』という本がすごくわかりやすく、かつ、おもしろかったので、一昨年の年末にブログで紹介しました。そうしたらフェルドマンさんから御礼のサイン本をお送りいただいて。それがご縁で今回の対談が実現しました。以前から「いつかお話ししたい!」と思っていたのでとても嬉しいです。

ロバート・アラン・フェルドマン(以下、フェルドマン) こちらこそ、ありがとうございます。ちきりんさんにご紹介いただいたことで、私の本を知ってくださる方、買ってくださる方がぐっと増えたんです。ちきりんさんの『自分の時間を取り戻そう』、私も本屋で見つけてすぐ買いました。個人にとっての生産性の上げ方がわかりやすく書かれていますね。

ちきりん フェルドマンさんに読んでいただけたなんて感激です。今日はお聞きしたいことがたくさんあるんですが、まずは私の本のテーマである生産性についてです。
 最近は日本でも長時間労働が問題視され、生産性という言葉をよく聞くようになりました。ところが日本の労働生産性はアメリカの6割強しかなく、OECD加盟35ヵ国のなかでも半分以下の18位というデータもあります。専門家のフェルドマンさんは、こうしたデータの意味するところについてどう思われますか?

フェルドマン アベノミクスではGDPの成長率2%を目標としています。これをどうやって達成するか。そう考えたときに、1955年の労働者1人あたりの生産性は今の価格で計算すると100万円以下で、現在は800万円ほどであることに注目しましょう。その間、労働力人口は若干上がり、今は下がっています。つまり、当時34兆円だったGDPが現在は530兆円まで成長したのは、労働力が増えたのではなく、生産性が上がったからです。
 また、これからの日本は、全体の人口減少よりも労働人口の減少のほうが速く進む。だからこそ、現在の生活水準を守るためにも、その分生産性を上げることが急務だと考えています。

ちきりん 日本が経済成長を成し遂げた理由として、人口増加が主要因だったといった見方もありますが、そうではないってことですね?

フェルドマン 需要側から見るとそういう説明もできますが、成長理論は供給側から語るものなので、人口増加が最も大きな要因だとは考えられません。

ちきりん たしかにGDPが34兆円から530兆円まで15倍も上昇しているのだから、主要因が人口増加のみだったわけはないですよね。だとするとあの経済成長を支えたのはやはり生産性の大幅な上昇だったと。

フェルドマン はい。そして生産性を上げるには、技術革新が重要なポイントになります。

これから生産性を向上させる技術とは

ちきりん 今後、産業の生産性を大きく上げそうな技術分野はどのあたりですか?

フェルドマン エネルギーに関連する技術とITですね。近年、太陽光発電や蓄電池の技術が発展して、かなり低いコストでエネルギーがとれるようになってきました。このままいくと、エネルギーはほとんど無料になるかもしれません。

ちきりん えっ!? エネルギーコストがタダに近くなるんですか? 御著書でも、「経済学とは希少資源の最適配分について解き明かすための学問だ」と書かれていました。さらにその目的は、「希少資源の奪い合いから起こる争いを減らし、世界を平和にすることだ」とも。たしかに国際紛争の多くはエネルギーの奪い合いから起こっています。もしそのエネルギーが無料になったら、世の中ものすごく変わりますよね。

フェルドマン そうですね、世界の争いの多くはエネルギーと水の取り合いから始まります。その2つが豊富にあるのであれば、より平和になると思います。
 あとはITをもっとうまく利用できるようになれば、人々の生活は大きく変わるでしょう。労働時間が短縮され、生産性は上がり、週休5日もあり得ると思います。しかし、新しい技術の活用が既得権益層によって妨げられているという問題があります。特に農業ですね。私は日本の農業には大きな可能性があると考えていますが、JAが権力を独占してきたがために伸び悩んでいるように見えます。

ちきりん 私も農業は本当にもったいないことになっていると感じます。世の中にはどんどん新しい技術が出てきているのに、既得権益を持っている人たちがそれを使わせてくれず、成長もできない……そういう分野って農業以外にもたくさんありそう。
 『自分の時間を取り戻そう』にも書いたんですが、生産性の低い産業を守ろうと抵抗している人には給与だけ渡して、働かないでいてもらったほうが社会のためになる。たとえば農業だって本当にやる気のある農家の人だけに任せてしまって、そういう人には規制も外して自由に稼いでもらう。一方、自由化されたらやっていけないと言ってる人には、「すみません。自由化します。その代わり、あなたには今の年収をずっと差し上げますよ。だから反対するのはやめてください。やる気のある人に、自由にやらせてあげてください」と言ってしまったほうが、社会全体としては利益が大きくなるんじゃないかと。

フェルドマン 理屈としてはそうかもしれませんが、やはり人というのはお金をもらうだけでは満足しないという面があるので、難しいでしょうね。働きたい、役に立っているという実感を得たい、という気持ちから、けっきょく口を出してくるのではないでしょうか(笑)。ですから、よりやる気のある、農業をやりたいという人材を育成していくということが大事だと思います。

ちきりん たしかに。あと、金融はどうですか? ファイナンスとテクノロジーをかけ合わせたフィンテック(Fintech)が注目されて久しいです。このまま技術革新と規制緩和が進めば、日本人も海外のネット銀行や仮想通貨を簡単に使えるようになると思うのですが、そうなると変化の遅い既存の銀行は淘汰されてしまうのでしょうか?

フェルドマン それを考えるには、本のビジネスが参考になると思います。たとえば、2000年にamazonが入ってきたときは出版界に激震が走りました。検索してクリックひとつでさまざまな本が手に入るようになり、より便利になりました。そういう現象は金融でも起こるでしょう。でも、リアル店舗の本屋は生き残っていますよね。Amazonによって、著者や出版社の役割が奪われたかというと、そういうこともない。

ちきりん 書店に関しても後継者のいない小規模書店は大幅に減っていますが、巨大な都市型書店が増えたので本の売り場面積は大きくは減っていません。私自身、今でも書店は大好きです。雑貨屋のような書店やカフェ併設の書店も増え、すごく多様化していますよね。
 著者に関しては、電子書籍なら出版社を通さず誰でも出せるようになり、むしろチャンスが増えました。同じ理屈で、金融分野の技術革新によって投資が簡単便利になれば、より積極的に高度な金融サービスを使う人が増えるかもしれません。海外企業の株式や投資信託、さらには不動産などももっと簡単に買えるようになるかも。金融のリテール分野でも本格的に国際競争が始まりそうです。

フェルドマン はい。そして、ネットで買えるからといって、全員がamazonで本を買わないように、既存の国内の銀行も独自の価値を出していくことで、生き残ることができると思います。

消費者余剰の多さが、日本の生産性を低くしている

ちきりん 最近は次々と新しい技術がでてくるので、未来はとても明るいと思えるのですが、そのわりに日本社会の生産性が上がらないのは、文化的な要因もあるんじゃないでしょうか。
 その1つが職人文化です。日本は職人とか巧みの技とかがすごく尊敬される国で、それはそれですばらしいことなんですが、誰も彼もが職人みたいな仕事をする必要はありません。たとえば、四角いマスを塗るという仕事があったとします。職人なら何時間かけてでも、端から端まで一切のムラなくきれいに塗らねばなりません。でも、全体にざっと塗って次の仕事に移る、そういうやり方で十分な仕事もあるのに、日本の場合はそれだと許されない。

フェルドマン 塗り残しは別の人が塗ればいい、と考えると分業が成り立ちますね。

ちきりん そうです。それになかには、端まで完璧に塗らなくても何の問題もないという仕事もあるんです。ところがそういう場合でも、完全に完璧に塗らないと「不完全だ」「手抜きだ」「中途半端だ」と文句を言われてしまう。
それが、「何時間かけてもいいから完璧にするべし」という、生産性を度外視してどこまでも時間を投入する姿勢につながっているのかなと。

フェルドマン それは重要な指摘ですね。先日、美術館で昔の西洋画の肖像画について、どういうふうに制作していたかという説明を聞きました。そうしたら、画家によっては工房をもっていて、弟子たちと分業して描いているんですよね。人物は人気のある画家が描き、背景は弟子が描く。

ちきりん それでも芸術的な価値は保たれているわけですよね。かつ、生産性も高い。でもそう聞いてしまうと、いくら名画でも「えっ、背景を弟子に描かせているなんて手抜きだ!」ってことになるのかも……。

フェルドマン だから、1から10まできっちりやる場合は価格を高くすればいいわけですよね。背景を部下に任せるものは、相応の価格にすればいい。

ちきりん そうそう。日本はそういうものまで「よいモノを安く」とか言って、安く売ろうとするから生産性が上がらないんです。
 私、旅行をしててよく思うんですけど、日本のスターバックスって、世界のどの国のスターバックスよりもテキパキしていて気持ちのいいサービスが受けられますよね。ニューヨークでスタバに行くと、あちこち汚れてるし時間もかかるし、お釣りや注文の間違いがあったりと、明らかにレベルが低い。それなのにサービス業の生産性を比較すると、日本はアメリカの6割しかない。これって何か変じゃないですか?

フェルドマン それは、生産性を時間とお金で計算するからですよね。アメリカのスタバは同じ売上でもサービス水準が低い。つまり、同じ商品ではないんです。日本って、消費者余剰(Consumer surplus)が多い国なんですよ。消費者余剰とは、買い手が払ってもいいと考える額から、実際に支払う額を差し引いた額のことです。

ちきりん つまり、「こんな良いサービスを受けられるなら800円くらい払ってもいい」という状態なのに、実際には500円で済んでいるってことですね。消費者が得をしていると。
 だったらニューヨークのスタバの隣に「スターバックス・ジャパン」の店舗を出して、2店並べて営業してみたらいいと思うんです。その店では隣のニューヨーク・スタバに比べて“迅速なのに丁寧”という日本レベルのサービスが受けられる。すると隣より価格が2割高くても、そちらを利用するニューヨーカーもいるんじゃないかな。

フェルドマン そうしたら、時給を高くできて、生産性も高くなる。同じスターバックスで違うサービスを展開したらどうなるか、と考えるのはおもしろいですね。


※この対談は全4回の連載です。 【第1回】 【第2回】 【第3回】 【第4回】