「まあ、日本はいたるところに規制がはびこっている国だからね」
会話に真治も加わる。
「でも、何らかの基準がなければ、粗悪品が日本市場へなだれ込んで健康被害など実害を発生させてしまう。現実問題として、規制は必要だよ」
真治の意見を咎めて、幸一が父に反論する。
「JAS認証を取ることで、中国資本のポプラLVL工場との差別化を図ることは大切だね。我々日本の材木屋だって、得体の知れない、品質に不安がある製品よりも、JAS認証を受けた日本人が経営する工場の製品を買いたいと思うのは自然だよ」
岩本が、自身の立場からこの工場への期待を表した。
「適正な規制ならばともかく、日本の場合、お役所主導の訳の分からない障壁が多すぎる」
一方で、真治が商社マンらしい日本批判を続ける。
「そうだねえ、昨年出された国交省の建築基準法改定もひどかったな。マスコミに注目された耐震構造計算偽造事件のために、急ごしらえで改正されたが、現場を知らない役人たちの間に合わせ法律のせいで、業界はパニックになった」
岩本のセリフに頷きながら、ふとあることに気付いて、真治が視線を別の方へ向けた。その危惧の目を察した岩本も、真治の見詰める先を追う。慶子が、岩本たちのために飲み物を載せたお盆を両手で抱えているところだった。危なげな足元の慶子を助けようと、幸一が歩み寄って行く。
同じ頃、開業式が挙行された広場では、数人の従業員たちが来賓の椅子を片付けるのを見守りながら、隆嗣と李傑が冷たいコンクリートの上に立ったままでいた。先ほど自分が開業を宣言した演壇が二人の従業員に左右から抱えられて持ち去られるのを眺めながら、隆嗣が呟いた。
「始まったな」
「ああ」
李傑も感慨深く応じる。
「君と出会ってから20年。一緒に事業を起こすことになるとは、想像もしていなかったよ」
「君の顔に泥を塗らないよう頑張るよ。気長に見ていてくれ」
隆嗣の言葉を聞き流した李傑がひとつ深呼吸をして、隆嗣の背中を叩きながら強い言葉を繰り出してきた。
「俺は徐州市のトップに立つ。そして江蘇省を握り、最終的には北京の中央政界まで昇るつもりなんだ。そのために布石を打っているし、この工場も俺の実行力を示すひとつだ。この国はまだまだ伸びる。なあ隆嗣、これからも俺を支えてくれ。二人で行けるところまで突き進もうじゃないか」
こんな野心家であったのかと、隆嗣は友人の横顔へ驚きの目を向けた。
(つづく)