課題は大きければ大きいほどいい
ブルーボトルの新しいオンラインストアのように、何か月、何年もかかるような大がかりなプロジェクトを始めようとするとき、スプリントを行えば幸先のよいスタートが切れる。でもスプリントは長期のプロジェクトだけのものじゃない。スプリントはとくに次のような厄介な状況で役に立つ。
(1)リスクが高いとき
ブルーボトルのように、大きな問題を抱えていて、解決するのに莫大な時間とコストがかかるとき。あなたは大型船の船長だ。スプリントは、全力前進する前に航海図を確かめ、正しい方向へ舵を切るチャンスになる。
(2)時間が足りないとき
ロボットをホテルでの試験運用に間に合わせようと急いでいたサヴィオークのように、厳しい締切に追われているとき、よいソリューションがいますぐ必要だ。スプリントはその名の示す通り、高速化のためのプロセスだ。
(3)何から手をつけていいかわからないとき
重要なプロジェクトには、どこから始めていいかわからないものもあるし、始めたはいいが途中で失速するものもある。そんなとき、スプリントは補助推進ロケットになる。問題解決に対する新鮮なアプローチにより、重力の支配を抜け出せる。
僕らはスタートアップにスプリントを説明するとき、最も重要な問題にとりくむことを勧めている。スプリントには相当なエネルギーと集中力が必要だ。小さな成功を狙うアイデアやおまけ的なプロジェクトだと、誰にも本気でとりくんでもらえない。そもそもスケジュールを空けてもらうのさえ難しい。
逆に、大きすぎる問題はあるだろうか?
スプリントがウェブサイトやソフトウェア関連の課題に有効なのはわかるが、大規模で複雑きわまりない問題はどうだろう?
ジェイクは少し前、ポンプ・噴霧器メーカーのグラコの副社長を務める、友人のデイビッド・ロウに会いに行った。グラコは小さなスタートアップじゃない。創業90年を超える巨大多国籍企業だ。
グラコは組立ラインで使う新しい工業用ポンプを開発中だった。デイビッドはスプリントによってプロジェクトのリスクを軽減できないかと考えた。なにしろ新しいポンプの設計と製造には、18か月と数百万ドルもかかるのだ。正しい軌道に乗っていると確信できればどんなに安心だろう。
ジェイクは工業用組立ラインのことは何も知らなかったが、好奇心からエンジニアリングチームのミーティングに参加した。
「正直いうと」とジェイクは口をはさんだ。「工業用ポンプは、1週間でプロトタイプをつくってテストするには複雑すぎるような気がするよ」
だがチームは引き下がらなかった。5日間しかないなら、ポンプの新機能を紹介するカタログのプロトタイプをつくって、営業訪問で試してみればいい。こんなテストでも、売れるかどうかという問題に答えを出せるはずだ。
でもポンプ自体のテストはどうする? ここでもエンジニアが名案を出した。使いやすさをテストするには、新型ノズルを3Dプリンターで出力して、既存のポンプに装着したらどうだろう。設置具合をテストするには、近くの製造工場にケーブルとホースをもっていき、組立工の意見を聞けばいい。完璧なテストとはいいがたいが、ポンプの製造を開始する前に重大な問題に答えを出せるだろう。
ジェイクはまちがっていた。工業用ポンプはスプリントに複雑すぎるということはなかった。エンジニアのチームは5日間という制約のもとで、専門知識を駆使してクリエイティブに考えた。課題をいくつかの重要な質問のかたちに落とし込むと、近道が現れた。
この話の教訓は何だろう?
大きすぎてスプリントで扱えないような問題はない、ってことだ。
無謀に聞こえるかもしれないが、そういいきれる大きな理由が2つある。
1つには、チームはスプリントを行うことで、最も緊急性の高い質問にいやでも集中するようになる。2つめとして、スプリントでは完成品の「外見」だけをつくって学習できるからだ。
たとえばブルーボトルはスライドショーを使って、ウェブサイトのように見えるプロトタイプを――それを実際に動作させるプログラムや在庫管理のプロセスを構築する前に――つくった。グラコはカタログを使って、売り込む製品を設計、製造する前に、「商談」のプロトタイプをつくった。
まず「外見」をととのえる
外見は重要だ。なぜなら外見は製品/サービスと顧客の接点だからだ。人間は複雑で気まぐれだから、いままでにない新しい状況でどんな反応が返ってくるかは予測できない。新しいアイデアが失敗する原因は、顧客がわかってくれるはず、気に入ってくれるはずだという過信にあることが多い。
外見さえきっちりつくっておけば、そこから逆算して、必要なシステムや技術を考えることができる。外見に重点を置くことで、実行を正式に決定する前に、大きな質問にすばやく答えられる。だからこそスプリントは、どんなに大きい問題にも役立つのだ。