プライバシーの問題よりも介護に必要な情報を開示

 次に向かったのが、上海市内で唯一の認知症専門施設、「上海市第三社会福利院」。上海市が建て運営している。上海市からかなり北へバスで1時間ほどの川沿いの宝山地区である。

 宝山といえば製鉄所で有名だ。日本の新日鉄が協力して1985年に上海宝山製鉄所を立ち上げた。中国が近代化に向かう象徴的な国策事業であった。その経緯は山崎豊子の小説「「大地の子」に詳しい。

 上海市には4つの直営施設があり、その三番目ということで「第三」としている。上海市民生局では認知症ケアについて「要望が多いことは十分承知している。だが、充実しているとは言えない。始めたばかりの介護保険でも、認知症高齢者を特別なサービス対象とはしていない。今のところ2つのタイプで対応している」と述べるにとどまっている。

 その2つとは、認知症の専門施設と社区ごとの小規模な地域ケアである。この第三社会福利院こそが、専門施設なのである。上海市直営の施設なので、認知症ケアへの最先端の取り組み方を知ることができる。

 門柱の先に10棟の建物が区画内に建つ。案内板には、1号棟が老年病院、6号棟がナーシングホーム(日本の特別養護老人ホーム)、3号棟が集合住宅などとあり、目指す認知症専門棟は2号棟で「失智老人照料中心」との表記だ。すぐ下に、「Senile Dementia Care Center」とある。

「失智」とは、「知恵を亡くした」という意で、日本で「認知症」以前の呼称の「痴呆」に通じ、英語圏では「Dementia」となる。失智もDementiaもかつての表現法で、近年のケア用語としては疑問符が付く。

 2号棟は6階建てで、200のベッドがある。病院など他の建物は1979年に開設されて、順次増築や改装を経てきたが、認知症ケアの棟が竣工したのは2009年。まだ8年も経っていない。開設前からオランダのロッテルダムに事業者から認知症ケアについて学んだという。

上海第三社会福利院のユニット型居室は殺風景な2人部屋

 まず、3階の女性棟に向かう。細長い棟を東西に分けて、それぞれ20数人が入居するユニット式である。東西それぞれにデイルームがあり、居室に1人部屋はなく、2~3人部屋だ。居室内にはテレビと収納ダンスぐらいしかなく、壁には1枚の写真もない。部屋全体が殺風景で病院のよう。先ほどの「紅日家園」とは雲泥の差である。

 印象的だったのは、デイルームの黒板には入居者の状況がかなり細かく書かれていること。「重点看護」の欄には302号室の入居者名があり、「夜間重点看護」の欄には3人の名前があった。「糖尿病飲食」の欄には5人の名前、「ベッドから落ちそうな人」「外に出ていきそうな人」などの欄もある。

 こうして医療や介護職に必要な情報が開示されているのは他の施設でも見てきた。書き込まれた表示がベッド横にあった。プライバシー問題につながりかねないが、必要性が優先されるのだろう。

 4階だけが男性棟で、2、3、5階はいずれも女性棟。同じような居室作りになっている。そして、オランダ仕込の認知症ケアを導入したのが1階のレイアウト。2つのデイルームにそれぞれ4室備わる。4室には、3ベッドの部屋が1つ、2ベッドの部屋が2つ、そして個室が1つ。つまり、8人のグループホームのような構成だ。その居室は、3階で見てきたのと同様にやはりガランとした殺風景な雰囲気だ。

上海第三社会福利院のユニット型デイルームで職員とゲームやダンスに興じる入居者

 ベッドに入ったままの高齢者もいるが、大半の人はデイルームでテレビを見たり、スタッフとゲームに興じていた。

 この認知症棟で利用者が支払う費用だが、月に約3000元(4万8000円)だという。「紅日家園」が4000~5200元(6万4000~8万3200円)ということなので、かなり安い。

 上海市の直営なので、同市からかなりの税金が投入されているからだろう。現在の上海の大学新卒者の平均月収が約5000元(8万円)と言われている。高齢者が受け取る年金が3000元前後とされており、一般の有料老人ホームへの入居はそう容易ではなさそうだ。