消化によい食べ物を選び、塩分摂取量に気を付ける。カツオや白身魚、鶏卵は高齢者に不足しがちなタンパク質を摂取でき、ウニやナマコも最近、ビタミンやミネラル、アミノ酸などの栄養が効率よく摂取できると注目されている食品だ。きちんと栄養をとった上で、日本型の食生活を送る。こうして見ると、慶喜の食卓は極めて現代的である。

 政治的な野心を持たず、趣味を持ち、人生を楽しんだことも健康にいい影響を及ぼしたのだろう。こうしたこともあり、慶喜は徳川家の将軍の中で最も長生きした。

 慶喜ほど評価が曖昧な人物も珍しい。鳥羽・伏見の戦いで敵前逃亡のように江戸に帰ってしまったことが汚点としてよく挙げられるが、彼が進めた慶応の改革、大政奉還、そして勝海舟を用いて江戸城の無血開城に導くなど、その働きが明治以降の近代化に大きく寄与したことは間違いない。明治維新はその後安寧ではなかったが、江戸に戦火が及び、破滅的な内戦となっていれば今の日本はなかったからだ。

 人は自らの地位に固執したり、野心に目がくらんだりすると時に判断を見誤ることがあるが、慶喜には時代が見えていたのだ。江戸幕府の幕引きは先のエピソードからもわかるように、慶喜が他人の評価など気にしない大人物だったからこそなし得た撤退戦だった。

進むことも重要だが、退くこともまた人生。

参考文献/『德川慶喜家にようこそ』德川慶朝著

(小説家・料理人 樋口直哉)