本音のメッセージは、商談の終わった瞬間に伝わる

 客先での商談が終わった。顧客企業のE部長とF課長、営業に来たG部長とH課長をエレベータまで見送ってくれた。最後に、E部長、にこやかな笑顔で、「では、今後ともよろしく!」と声をかけてくれた。G部長とH課長も、「こちらこそ、よろしくお願いします!」と明るく応対する。その後のエレベータの中。幸い、G部長とH課長だけだ。その2人の会話。

H課長 「E部長、当方の提案を歓迎してくれたようですね」

G部長 「どうして、そう思う?」

H課長 「E部長、こちらの提案の最中も終始、にこやかな表情でしたし、最後にエレベータでお見送り頂いた瞬間も、『今後ともよろしく!』と明るく声をかけてくれましたので…、そう思いますが、何か違うでしょうか?」

G部長 「いや、あのE部長は、相当できる人だよ…。あのにこやかな表情は、いわゆるポーカーフェイスならぬ、ポーカースマイルだな…。提案をしていても、あのE部長の心の動きが読めない…。表面的には、頷いたり、質問したりしてくれるが、本当のところ、この提案をどう受け止めているのかが、分からない…。しかし、本当は、この提案には、あまり賛同してくれていないな…」

H課長 「どうして、そう思われるのですか?」

G部長 「最後の一瞬だよ…」

H課長 「最後の一瞬?」

G部長 「君は、気がついたか? あのエレベータが閉まるとき、こちらも、先方も、お辞儀をしていたが、エレベータの扉が閉まる一瞬、その扉の隙間から自分の目に入ってきたのは、先ほどまでのにこやかな表情とは打って変わった、E部長の厳しい表情だったな…。今回の提案に対するE部長の評価、その本音は、あのにこやなか表情とは違うところにあるな…」

 この場面、顧客の「言葉以外のメッセージ」は、商談の最中だけでなく、それが終わった直後に伝わってくることがあることを教えている。いや、終わった直後にこそ伝わってくることがある。G部長は、H課長に、そのことを教えている。

 実際、我々は、商談や会議の最中には、それなりの緊張感があるので、自分の内心が表情や態度に現れないように気をつけているが、商談や会議が終わった直後には、その緊張感が緩み、ほっとするため、その内心が、思わず表情や態度に現れてしまうものである。

 以前、ある海外の人気テレビドラマで、主人公の刑事が、犯人と思しき人物に聞き取りをするとき、最後の質問を終え、ドアを出ようとするところで、ふと思い出したように振り返り、「ああ、もう1つ、質問をして良いですか・・・」と聞くシーンがあったが、これは、この探偵の得意技でもあった。この探偵の質問に警戒し、慎重に答えてきた相手が、質問が終わって安心し、ほっとしたところで、最も肝心の質問をするという技である。

 しかし、テレビドラマならいざしらず、現実の商談や交渉で、こうした技を使うことは、顧客や相手に対して、あざとい印象を与えるため、勧めることはできないが、商談や交渉が終わった直後にこそ、相手の内心が伝わってくることは事実である。

 筆者の経験でも、例えば、海外企業との交渉においては、交渉の席での議論も大切であったが、やはり、交渉が終わった直後の「握手の瞬間」に、相手の眼差し、目を外すタイミング、握手の強さと長さなどに意識を向けた。そうしたものから伝わってくる相手の気持ちの温かさや冷たさが、交渉の後の反省会において、重要な情報となったからだ。

 ちなみに、先ほどのG部長の場面、筆者も、当然ながら、エレベータの閉まる一瞬の相手の表情には、自然に意識を向けている。しかし、この場面で、G部長は、E部長のことを「相当にできる人だよ」と評しているが、実は、「相当にできる人」は、このE部長のようなタイプではない。

「相当にできる人」は、エレベータが閉まる最後の一瞬まで、表情が変わらないタイプの人間である。その表情を見ていても、「心が読めない」タイプの人間である。その穏やかな表情やにこやかな表情の奥に、どのような真意や本音があるのか読めないタイプの人間である。

 ただ、筆者は、エレベータが閉まる瞬間に、決して、このポーカーフェイスやポーカースマイルをすることはない。著者は、その瞬間には、商談や交渉の内容がどれほど意に沿わないものであっても、必ず、心の中で相手に対し、「有り難うございました」との思いを持ち、心を込めてお辞儀をする。それが若い時代から未熟な自分に課してきた修業であり、永年続けてきた習慣だからである。

 そして、こうした瞬間には、「心を読まれまい」と無理にポーカーフェイスやポーカースマイルをすることよりも、心そのものを「相手に対する感謝」の思いに定め、その場に処することが、最も善き方法であると考えているからである。

 さて、今回のシリーズでは、拙著『仕事の技法』(講談社現代新書)にもとづき、仕事の色々な場面を通じて、プロフェッショナルが身につけるべき様々な「深層対話の技法」を紹介してきたが、もし読者が、この技法を身につけ、実践されるならば、社外での商談や交渉、社内での会議や会合において、これまでとは全く違った次元のコミュニケーション能力を発揮されるだろう

 読者諸氏の、その飛躍を願って、このシリーズを締めくくりたい。