有能な人は「空気を読まない」

 まずは「空気を読まない」ということ。もちろん、「空気を読まない」といっても、たんに相手の意見に異を唱えればいいというわけではなく、質の高い、すなわち相手にとって説得力のある反論ができるという意味です

 人間は誰しも、思い込みや盲点がありますから、適切な反論があると新しい「気づき」が得られるということはよくあります。そうした質の高い反論をするために、あえて空気を読まない覚悟が重要なのです。

「空気を読まない」ことの重要性を強く意識したのは、シカゴ大学への留学時代です。当時、私はリーマンショックを的確に予想したことで世界的に著名になっていたラグラム・ラジャン教授(前インド準備銀行総裁)の授業を取っていました。

 講義の中の一つに、ある実在の企業が為替戦略をどうすべきだったのかという議論がありました。教授の説明する手法に対して、生徒全員に挙手で賛否が問われたのですが、私は「教授の意見に反対」のほうに挙手しました。

 挙げてみて気づいたのですが、なんと反対に手を挙げたのは私だけでした。私は内心「しまった。私だけ間違っていた。しかも相手は世界で最も称賛されている経済学者。恥ずかしい……」と感じましたが、ときすでに遅しでした。

 しかし、そのあとラジャン教授が皆に言ったことには驚きました。

「見たまえ、これこそが真のリーダーシップだ。相手が多数だろうと、教授だろうと、自分が正しいと思うことを主張できる。これがリーダーに必要な資質なのだ。先ほど私が説明した内容は絶対的に正しいものではない。反対意見にも合理性がある。現実問題とはそれほど判断が難しいものだ」

 それ以来、私は、たとえ反論しているのが私だけであっても、物怖じすることはなくなりました。日本では「空気が読めない」というとネガティブな意味合いですが、ビジネススクールだけでなく、その後、勤務したマッキンゼーにおいても、あえて空気を読まないことは、むしろ武器となりました。英語でHe (She) is different.(彼は変わっている)と言われれば最大のほめ言葉です。

 コンサルティングをしていると、顧客からさまざまな相談を受けます。たとえば、ある会社で「中国に進出するかどうか」を議論しているときに、「でも、やっぱり中国はダメだよね」といった言葉が社長の口から出てきたとします。

 そんなとき優秀なコンサルタントは、あえて空気を読まずに議論をします。しかし、頭ごなしに反論するのでは角が立ちますし、説得力も出ません。

 ですので、こういう場合、まずは問題を分解、整理します

「社長、中国はダメだとおっしゃいますが、その理由には3つのポイントが隠れていると思います。

 1つは感情的な問題。中国に根強く残る反日感情の問題ですね。

 そしてもう1つは、中国での生産リスクについて。生産工場を建てたとしても、そこで働く従業員が手を抜いたり、ひどい場合には工場が爆発したなんてニュースも見ます。

 最後の3番目は、中国国内の景気も低迷し始めている、という部分です。たしかに一時期ほどの勢いはなくなってきていますから」

 こういう感じで、まずは相手の言葉を受けて問題を解きほぐすのです。こうして議論の土台をつくります。問題を整理した後で、初めて自分の意見を語ります。

「とはいえ社長、考えてもみてください。反日感情があるといっても、ユニクロの製品は飛ぶように売れていますし、日本企業で働きたいという現地の人も大勢います。中国人という大きな枠組みで見た場合、反日感情を抱いている人が一定数いるのはたしかですが、個人レベルの消費や労働という意味においては、ビジネスの根幹を揺るがすほどのリスクではないと私は感じます。

 また、生産リスクについても、品質管理の仕組みをつくってしっかり行えば、一定水準を保てることは他社の事例でも証明されています。工場の爆発については、10年間に2回ほど起こっていますが、これは確率的にいって、決してリスクが大きいというほどの数字ではありません。

 景気の落ち込みについても、消費が低迷していることは事実ですが、GDPでいえばアジアの中でダントツであることに変わりはありません。かつてほど好景気でないというのは、進出するにあたってのリスクとは呼べないと思います」

 このように、議論を整理したうえで、「空気を読まずに」思うところを存分に語るのです。同意するだけなら、相手にとっても、相談や議論の場を持つだけ時間の無駄です。

 相談を受けたなら、相手の考えを整理したうえで、こちらの考えも整理して語る。それができる人は賢く見えますし、話のできるビジネスパーソンとして信頼されます。