「母なる地球は健やかで、美しいままであるべきだ」

 国際的なハッカー集団であるアノニマスが先月、ホームページ上で「地球の緑を守る」ことを大義名分にしたサイバー攻撃を宣言し、ターゲット企業をネット上の投票によって選ぶ“選挙”を実施していたのをご存じだろうか。

 サイバー攻撃先として候補となった4社には、福島第1原子力発電所で放射能事故を引き起こした東京電力が含まれており、関係者をあわてさせた。

 サイバー攻撃の作戦名は「OPERATION GREEN LIGHTS(緑の権利のための作戦)」。地球の環境汚染防止を公約にうたい、攻撃先候補として「バイエル」(独、製薬・化学工業メーカー)、「BP」(英、国際石油資本)、「ダウ・ケミカル」(米、大手化学メーカー)に加えてノミネートされたのが、なんと「東京電力」だった。同作戦のホームページに「投票」を呼びかけるボタンがあり、クリックすることで誰でも1票を投じられる仕組み。投票は6月22日に締め切られたが、結果はバイエル社(66票)が“当選”。東京電力は2位(32票)で、とりあえず難を逃れた格好になった。

“地球を守るため”に大企業へのサイバー攻撃を呼び掛けているアノニマスのホームページ画面

 たかだかインターネット上の匿名集団による嫌がらせだと侮ることができないのは、過去に大きな攻撃を実際に行ったからだ。

 ソニーは家庭用ゲーム機「プレイステーション3」の不正改造をめぐり、米国のハッカーを著作権違反などの疑いで提訴したことをきっかけに、今年4月にアノニマスから一斉攻撃を受けた。関連性は定かでないが、その延長上で大量の個人情報流出事件が起きており、対策費用として140億円を計上するハメになったのである。

 この問題について、東京電力側は「アノニマスの標的になったことは認識しているが、対策は施している」と回答。いまだ原子力発電所の事故収束の見通しもつかない中で、実際にサイバー攻撃などを受けてトラブルが起きれば、同社にとって経営課題がまた一つ増えて「泣きっ面にハチ」となっただろう。

 サイバー空間のセキュリティを研究している独立行政法人・情報通信研究機構の井上大介博士は「企業の経営者にとって、インターネット上のセキュリティ管理は、今後ますます大切な問題になってくる」と話す。そして東京電力とは直接関係がないものの、巨大な原子力発電所の中枢に入り込む危険性がある、高度なコンピューターウイルスの存在を指摘する。

 そのウイルスの名前は「Stuxnet(スタックスネット)」。一般的なUSBメモリーなどを通じてWindowsOSのパソコンに感染し、原子力発電所の制御システムに悪影響を及ぼすものだ。独シーメンス社のソフトウェアを狙うように設計されており、同社の制御システムを採用していた中東の原子力発電所が、実際にウイルスに感染したとメディアで報道されて大騒ぎになった。

 ウイルスが極めて特殊であることは事実だ。しかしこのサイバー攻撃の背景には、これまで独自設計されることが多かった社会インフラの制御システムが、WindowsOSを利用して設計されるなどオープン仕様が進んでいることが挙げられる。発電所だけではなく、鉄道や道路の信号機、水道など大きな社会インフラ全体が、オープン仕様になるにつれ、潜在的にはセキュリティ対策の必要性が高まっているというのだ。

 アノニマスによる“選挙”は、対象企業にとっては、関わるだけ損をする迷惑行為に違いない。しかし社会インフラを事業として抱えている大企業をはじめ、自身の身を守るためにも、サイバーセキュリティについて無知でいられないことも間違いなさそうだ。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 後藤直義)