歴史的に見ると
不平等を背景に台頭

 こうした主張は、右翼に賛同できなくても、移民問題に関心を持つ有権者にアピールした。デンマークやオランダでは、閣外協力などの形で政権に手を貸し、移民や難民対策が厳格化されるなど、強い影響力を持つようになっている。いわば、民主主義の改革勢力としての「衣」をまとうようになってきたといえる。

 既成政党がその主張を取り入れたり、連立や閣外協力でポピュリズム政党を「包摂」したりすることで、政治に変化をもたらすという意味では良い面もある。だが排外主義は、民主主義を後退させ、また不健全なナショナリズムを醸成してしまう危うさがある。

──ポピュリズムの主張が共感されるのは、それなりの理由があるのではないでしょうか。

 歴史をたどると、ポピュリズムが政治現象として生まれたのは19世紀末、米国の人民党(People's Party)が既存の政治、とりわけエリート支配を批判する運動を始めたのが最初だ。

 南北戦争の後、資本主義経済が発展する過程で、スタンダード石油やカーネギー鉄鋼会社などの巨大企業が出現、独占的な地位を得たが、一方で、都市労働者は長時間労働を強いられ、労働運動は弾圧され、そうでない層との格差拡大や移民の流入が増えた。

 こうした状況に二大政党は冷淡で、独占的な企業支配と結びついた金権政治、政治腐敗が横行した。米国社会の中核だった勤労者層がないがしろにされているという意識が高まっていた時に、人民党が労働者や農民の不満を吸い上げた。累進課税や、企業による農地所有の制限、労働規制の強化といった、当時としては急進的な政策を掲げて支持を得たのだ。

 その後、ポピュリズム運動はラテンアメリカで一気に躍進する。外資による経済支配、それと結びついた鉱山主、大地主らの寡頭支配に対抗し、中間層や労働者、農民の支持を得た。特権層による搾取の体制からの「解放」の運動として拡大し、各国で政権を担うまでになったわけだ。

 ポピュリズム台頭の背景には社会経済上の圧倒的な不平等があった。その意味でも、現代の世界でポピュリズムが高まるのは、ごく自然なことだといえる。