大方の賛成を得やすいのは、幼少期の教育費無償化の方だろう。教育を受けた子どもの将来の経済的な成功の原因を、どこまで教育に求められるのかは難しい問題だが、本人の生涯所得ベースで数千万円の改善があるということは、個人を単位として見た場合に投資としてペイしている可能性が大きいし、さらに、政府の支出と将来の税収に与える影響から考えてもペイしている可能性が大きい。

 同時に、幼稚園・保育園の拡充、ならびに保育士の確保などを推進しなければならないが、これは「女性の活躍」(要は女性はもっと働けということだが)を標榜する政府の方針とも合致する。

 高等教育の無償化よりも、金額的に小さいこともあって手掛けやすい。

高等教育対象者の再検討は
大学を学び直しの場にするということ

 高等教育については、教育の内容も、後述のように対象者も、再検討して改善する必要があると思われるが、少なくとも一定のレベルを満たす教育の内容については、無償化の対象にしていいのではないかと筆者は考える。

 率直に言って、多くの親にとって教育費の負担は重いし、十分な教育を受けさせないことは子どもにとって不利だという通念(事実でもあろうが)がある。このため、今後親になるか否かを検討する年代の人々が、子どもを持つことに消極的になっているし、また個人の消費行動に対しても抑制的な影響をもたらしているように見える。

 高等教育に関して対象者も再検討するというのは、具体的には、大学を社会人がいつでも学び直しができるような場所に改変するということだ。いわゆる「人生100年時代」にあっては、75歳程度まで多くの国民が働ける必要があるが、労働期間が長くなると、過去に受けた教育で身に着けた知識やスキルが陳腐化するので、職業人生の要所要所で、知識・スキルの再強化を図る必要が出てくる。現在の大学や大学院が、その役割を十分担えるとは到底思えないが、社会としての必要性は明らかだ。

 また、後の財源論とも関連するが、より多くの人が高等教育を自分にも関係のあるものだと理解するようになる方が、国民による教育費無償化のコスト負担に理解が得られやすい。