50代といえば子どもの教育費もかさみ、一家の大黒柱として負担がずっしりと重くなる頃だ。そんな世代の年収が500万円を切る……。考えただけでもしんどそうだが、問題は家計のやりくりだけにとどまらない。

 北見さんの見方はこうだ。

 日本の社会保障制度は「有業者の夫と専業主婦の妻と2人の子ども」という標準モデル世帯を前提に成り立っている。夫の年収として想定されているのが500万円だ。

 しかし、財源となるべき人々の収入は、想定した金額を下回るようになってしまった。今後、現行の社会保障制度を維持するのはますます難しくなるだろう。ちなみに、愛知のみならず、東京や大阪でも50代一般職男性の年収中央値は500万円を切っているそうだ。その他の地方都市ではすでに400万円未満というところも増えている。

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 消えた年収と賞与はいったいどこへ行ってしまったのか?北見さんは「中国が富を吸い取った」と考えている。

 知っての通り失われた10年の間に、企業は生産拠点を人件費の安い中国へ移した。安い人件費で作った安価なメイドインチャイナ製品は、大量に日本に流れ込んだ。おかげで企業の売上が減り、給料も下がる、という現象が生じている。この「中国発デフレスパイラル」のおかげで、日本人の収入は急速に減ってしまったのだ。

 さらに襲ったリーマンショックで国内市場の冷え込みはより深刻化する。日本国内の事業を縮小し、アジアに人、モノ、金を注ぎ込む企業が続出した。こうして30兆円もの日本人の給料があとかたもなく消えていったのである。すべての発端はグローバル化と、そして日本人の人件費の高さだったといっていい。

 ところで、ボーナスはそもそもどうして生まれたのだろう?北見さんは次のように説明する。

「戦前の職工たちは、盆と正月休みのときに家への土産費用として餅代と称する小遣いをもらった。これがボーナスの原型です。戦後、職工の正社員化がおこなわれ、日当は月給に、餅代はボーナスになりました。会社側からすれば、賞与を出すことはある意味で都合がよかった。給与は業績が悪くても簡単に減給できないが、その分、賞与で調整できるからです」

 とはいえ、年2回支給することが決まっている賞与制度は日本独特のものという。海外では、増益の際に支給される特別手当などが一般的だ。