先ごろ発表された「ビジネス書大賞2017」や「ビジネス書グランプリ」にもノミネートされ、すでに5万部を売り上げている『いま世界の哲学者が考えていること』。同じく哲学書分野で異例の10万部を売り上げた話題のベストセラー『哲学用語図鑑』の編集者、斎藤哲也氏が本書を解説!

 

本書の刊行は「暴挙」である。

 とんでもなく込み入った議論を展開している現代の哲学者たちの思想のエッセンスを取り出し、それらをトピックごとに配置して、一般読者にも理解できる平易な言葉で解説する。

 対象は「世界の哲学者」なのだから、高い咀嚼力だけでなく、広範な目配りも必要だ。そんな厄介な仕事を、誰が好んで引き受けるだろうか。

 しかもプラトン、デカルト、ニーチェといったビッグネームと違い、本書には、一般読者が知っているような名前はほとんどない。

 恥ずかしながら、その界隈で編集やライターの仕事をしている私だって、知らない哲学者がけっこういた。

 おそらく本書に登場する哲学者の翻訳書は、5000部も売れれば大ヒットだろう。そんな哲学者たちの議論を紹介する本が、ビジネス書の出版社から発刊されたというのだから、暴挙にも程がある。

 が、なんと、そんな本書が5万部以上売れているという。これはほとんど「事件」といっても過言ではない。たしかに『いま世界の哲学者が考えていること』というタイトルは上手いけれど、それだけで5万部も売れるとは思えない。

『いま世界の哲学者が考えていること』
岡本裕一朗・著 ダイヤモンド社・刊
定価:1600円(税抜)全国書店で発売中!

 では、本書ヒットの理由は何か。おそらくは、哲学者の高度に抽象的な議論と、現代の具体的な課題とを絶妙にマッチングした解説にあるのではないだろうか。

 たとえば、序章と第1章では、現代が歴史的に大きな転換点に立っていることが繰り返し強調されている。

<哲学にとって「今」というこの時代が重要であるのは、単なる一般論ではなく、特別な理由にもとづきます。それは、現代(今)というこの時代が、歴史的に大きな転換点に立っているからです。しかも、この「歴史的転換」は、数十年単位の出来事ではなく、数世紀単位の転換に他ならないのです>

 この歴史的転換と呼応するように、哲学の世界にも新たな潮流が生まれている。本書ではそれを「自然主義的転回」「メディア・技術論的転回」「実在論的転回」という三つの目立った潮流として整理している。

 こうした潮流は、心を科学的に解明しようとする認知科学や脳科学、神経科学、進化心理学の急速な進展とも密接にかかわっている。現代の哲学者たちは、科学やテクノロジーと緊張関係を保ちながら、新たな思想を生み出そうとしているのだ。