あぁもう何もかもイヤになった、生まれ変わってやりなおしたい。誰だってふとそう考えることはあるだろう。残念ながら、生まれ変わるのは生物学的に不可能だし、よしんばできたとしても、それまでの記憶がなくなってしまうのだから意味がない。しかし、死んだことにして、別の人生を歩み始めることならばできるかもしれない。そんな可能性を探っていく一冊だ。
エリザベス・グリーンウッド(著)、赤根洋子(訳)
文藝春秋
275ページ
1800円(税別)
『偽装死で別の人生を生きる』の著者であるエリザベス・グリーンウッドは、大学院を出て小学校の先生になったアメリカ人女性。トランプを大統領に選び出す原動力となったラストベルト出身で、そんな地域から脱出するために高学歴を身につけた。しかし、その代償として、6桁のドルというから、1000万円以上の学資ローンを背負い込んだ。
利息を計算すると、生涯に返さないとならない金額は50万ドル、6000万円近くにもなる。いまの生活から考えると、そんなことは不可能だ。たとえ返せるとしても、借金返済のためだけに一生を送るのはイヤだ。いささか身勝手な理屈だが、グリーンウッドは考えた。死んだことにして、別の人生を歩み出せばいいのではないかと。そして、調査を始めることにした。その結果が、それぞれの章にまとめられている。
まず訪ねたのは、『失踪請負人』フランク・アハーンだ。この人の本は読んだことがある。日本ではあまり話題にならなかったが、アメリカではベストセラーになったという『完全履歴消去マニュアル』の著者である。そのアハーンによると、いまのネット時代に失踪してプライバシーを完全に消し去ることは不可能に近い。
しかし、ネットの威力を逆手にとって、プライバシーを撹乱することは可能らしい。たとえば成毛眞(仮名)が、その履歴を消したいとする。もちろん、可能な限り消去する。それでも、ネット検索すると、あちこちに引っかかってくる。どうするか。偽のサイト、実際の成毛眞とは違う偽の成毛眞のウェブサイトをたくさん作ればいいというのだ。それぞれの成毛眞サイトには、当然、それぞれ違った偽のプロフィールを書き込んでいく。たとえば「ジョニー・デップ似で人格が高潔、非の打ち所のない成毛眞」とかいうように。このような情報撹乱は、情報消去よりもはるかにたやすくて効果的であるらしい。