たとえば、1981年から94年までスカンジナビア航空(SAS)のCEOを務めたヤン・カールソンが描いたビジョンは、出張でひんぱんに飛行機を使うビジネス旅客をターゲットに、同社を世界最高の航空会社にしようというものだった。彼が言っていたのは、航空業界で働く者ならだれでも聞いたことがあるものだった。
ビジネス旅客は他のセグメントと比べてひんぱんに飛行機を利用し、一般的に高額な運賃を支払うこともいとわない。このため、これら社用客に狙いを絞ると、高マージンや事業の安定性、そして高い成長性が見込める。ところが、ビジョンよりも官僚主義が幅を利かせる業界では、こうしたシンプルなアイデアを組み合わせてひたすら取り組むという企業は、これまで存在しなかった。SASはこれを実行し、成功させた。
ビジョンを描くうえで重要なのは、独自性ではなく、顧客や株主、社員など、重要なステークホルダー(利害関係者)の利益にどれくらい資するのか、そしてそこから地に足のついた競争戦略をどれくらいスムーズに導き出せるかの2点である。
ビジョンがおかしいと、たとえば、顧客や株主よりも社員を優遇するなど、重要なステークホルダーの正当なニーズや権利を無視してしまう。あるいは、戦略的に怪しいビジョンもある。業界の万年弱小企業が、いきなり「業界ナンバーワン」を目指すと言い出したところで、それは単なる絵空事であって、ビジョンではない。
行きすぎたマネジメントとリーダーシップの機能不全に陥っている企業がよく犯す間違いがある。それは、長期計画こそ、競争と変動が激しい事業環境に適応していく能力や方向性の欠如に対処する特効薬だと信じてしまうことである。こうした取り組みでは、方向性の設定における本質を取り違えることになり、うまくいくはずもない。
長期計画の立案には、時間がかかるのが常である。何か予期せぬ事態が起これば、そのたびに見直さなければならない。変化する事業環境では、多くの場合、想定外の出来事は当たり前であり、長期計画を立てるのは、きわめて負担の大きな作業となる。このため、成功企業の多くが、計画立案作業にかける時間にリミットを設けている。実際、長期計画など、言葉として矛盾していると考える人もいる。
方向性が決まっていない企業の場合、短期計画を立てるだけでも、無限の時間とエネルギーを吸い込むブラック・ホールと化してしまう。また、計画立案のプロセスに相応の制約を課したり、方針を示したりするビジョンと戦略がないと、あらゆる不測の事態を想定した計画でなければならなくなる。