――児玉先生は熱意を持って「子どもと妊婦の安全」を訴え、感極まるシーンも見られました。もちろん、子どもや妊婦は放射線の悪影響を受けやすいわけですが、特に重視されるきっかけとなったご経験や研究があるのですか。

児玉 国土というものに、思いがあるんです。国土は父や母から受け継いで、子どもや孫に伝えていく物です。つまり我々が所有している土地や家も“借り物”に過ぎません。

 私も、住宅ローンを背負って生きてきました。28歳のとき2人目の子どもができ、住宅ローンでマンションを買い、47歳でそれを売って土地を得て家を建ててきました。まだ65歳の定年まで住宅ローンがあり、土地と家にはこだわりがあります。年老いた母や、お嫁さんや、孫にとって、楽しい家にしたいという思いがあります。弱い家族を守るために建てているわけです。その土地が福島原発事故で汚染されたとき、どう思うでしょうか。

 日本の国土というのは、弱いものを大切にする、子どもと妊婦に優しいものでなければならない。我々の世代の科学者はとてつもなく重い責任を負ったと思っています。子どもや妊婦が住めない汚染された国土を作り、それを当然と思うことは許せません。

――政府の放射線対策は、今なお「子どもと妊婦を守る」視点が欠けています。

児玉 失敗をした人は言い訳を考えてしまいがちです。その点では、政府も、原発を推進した自民党や公明党も、それを進める学者を量産した東京大学も重い責任を負います。子どもと妊婦が安心して住める国土を取り戻すこと、その努力でしか反省は示せないでしょう。

複雑な生命や社会をみるとき
本質を理解すれば「予測」もできる

――低線量被曝の危険性については、いまだ意見の分かれるところです。しかし児玉先生は、現時点で悪影響が疫学・統計学的に証明できていなくても、将来起こると予想される被害を縮小する手を打つべきだと主張されました。

児玉 チェルノブイリの甲状腺癌はヨウ素が大きな原因と考えられます。1991年頃にベラルーシの医師から甲状腺癌の患者が増えていることが報告されましたが、当時は疫学的に明らかでないと言われ、やっと2005年になって患者4000人、死亡者15人が出てからコンセンサスになったわけです。

 1つの経過が終わった後に、原因を探るという学問的作業はそれとして、21世紀に生きる我々は、もっとこれから起こる障害や事態を予測、シミュレーションして事態に対処することが大事です。今、求められているのは、問題解決の学問、「シミュレーションの科学」のはずです。