会議の結果を予測して
予定調和で考える日本人

 同じインド人と日本人を題材にした冗談で、「国際会議で、インド人を黙らせるのと、日本人をしゃべらすのは同じぐらい困難だ」というものがある。私自身、この冗談はインド人からは聞いたことがなく、ややカジュアルな社内研修などで、日本人が黙っていると各国のファシリテーターが日本人の発言を促すために紹介するのを耳にする。

 往々にして「自分でもできる。自分がやらねばならない」と考えがちな日本人が、グローバル会議では途端に押し黙ってしまうのはなぜなのだろうか。もちろん、英語の問題が大きいことは間違いない。しかし、決してそれだけではないだろう、というのが私の見解だ。そもそも会議や議論での発想法や思考方法がまったく異なるのだ。

 具体例を述べよう。

 各国から人が集まる会議やプロジェクトで、多くの人と議論を重ねて何かの結論やアウトプットを出すような時に、私自身よく感じることがある。それは議論の冒頭では参加者の発言が非常に幼稚だったり、見当違いだと思われたりするのに、会議の予定時間の半ばを過ぎるころになると、飛躍的にアイデアが発展し、やがて到達した結論は、会議当初には思いもしなかったような素晴らしい出来栄えになるという経験である。

 これは、日本人同士で行われる会議シーンではめったに見られない光景である。

 思うに、日本人ビジネスマンは会議や議論を始める際に、ある程度の結果、つまり「落としどころ」を予測して議論に臨むことが多いのではないだろうか。予定調和を望むため、そこに至る道筋に近い意見を尊重しようとする。すなわち、事前に「根回し」によるインプットを得て、それに同意する形で議論に参加しているケースが多いと思うのだ。