学校理事会制度が導入されれば、現在、文科省が持つ小中学校に対する権限は事実上すべて学校理事会に取って代わられることになる。そのなかには、学習指導要領で子細にわたりカリキュラムを縛る権限も、教育委員会や教科書検定委員会を通じて行われている教員の採用や学校施設の管理、そして教科書を選定する権限も含まれる。

 つまり、この制度が民主党の意図するとおりに機能すれば、全国の公立の小中学校は、中央からの一律のコントロールから解放され、地域の伝統や歴史、風土や特色に合った独自の教科書を選び、独自のカリキュラム、つまり科目の選定と授業内容や授業の時間割を組めるようになる。教育委員会が行っている教員の採用も学校理事会に移譲されるので、地域ごとに地元の出身者を優先的に採用したり、特定の科目の教員を重点的に雇ったりすることもできる。これらが実現すれば、現行の全国一律の教育が、より地域の特色を活かしたものに生まれ変わる可能性は高い。

 また、いじめや非行、学級崩壊といった今日の学校が抱えるさまざまな問題も、各学校と物理的にも精神的にも至近距離にある学校理事会が対応することになる。となれば、地域の実情に合った、よりきめ細かな対応も可能になるだろう。

市民参加がなければ単なる画に描いた餅

 しかし一方で、仮にこのような制度ができたとしても、地域住民が積極的に参加しなければ、一部の「うるさ方」や「地元のボス」のような人たちが学校理事会を牛耳り、個人の価値観を押しつけたり、偏った教育が行われたりすることにもなりかねない。そもそも地域住民が積極的に参加し、監視しなければ、学校理事会のメンバーの選考自体が、公正なものになるかどうか怪しくなってくる。参加する市民が嫌々だったり、形だけの参加になれば、制度自体が宝の持ち腐れになる可能性もあるし、文科省の一律管理の時代よりももっと悪くなる可能性だって否定できない。

 また、文科省が担保していた「全国一律」がなくなることで、地域の特色や地域ニーズが教育に反映されることはプラス面かもしれないが、その反面、教育の地域格差や偏りが出てくる可能性も否定できない。それはそれで、市場原理を導入して地域ごとに教育レベルを競わせればいいという考えもあるだろう。