圧縮着火で可能となるスーパーリーン燃焼によって、エンジン単体の燃費率は現行のSKYACTIV-Gと比べて最大で20?30%程度改善、2008年時点の同一排気量のガソリンエンジンと比べて35?45%の改善となる。これは最新のSKYACTIV-Dと同等以上の燃費率だという。つまり、この次世代ガソリンエンジンは、ディーゼルエンジンと同等以上の燃費率を実現するのだ。

 マツダがなぜ、これだけ内燃機関の進化にこだわるのか?

 先月、英仏の政府がそれぞれ2040年までにガソリン車やディーゼル車の販売禁止を発表したことに加え、米カリフォルニア州のZEV(排出ガスを一切出さない電気自動車や燃料電池車)規制や中国のNEV(新エネ車)規制など、環境規制の波が急速に進展していることで「EV大転換」を迎えたと言われる。

 だが、冷静に見ていくと、2040年までにまだ20年以上あるし、販売禁止は新車販売に限るため、今後のクルマ社会はエンジン車と電動車が混在化していくのだ。まして英仏政府の思惑はEU問題やパリ宣言がからむ国策の意図が垣間見える。

 マツダは、2035年の世界乗用車新車販売予測データで内燃機関をベースにしたハイブリッド車、プラグインハイブリッド車を含め内燃機関車が84.4%を占める一方、電気自動車が11.2%、燃料電池車4.4%になると見ている。このデータからもわかるようにCO2削減に最も寄与するとされる内燃機関の重要性を指摘するのだ。

資本提携関係や金融機関に
翻弄されてきた苦い時代

 資本提携相手の豊田章男トヨタ社長が「広島の会社として地元を愛することではトヨタと共通する」と言うように、マツダは広島を本拠とし、かつてはロータリーエンジンなどで独自性を持ったメーカーだった。だが、その歴史は1990年代以降、苦難の連続であった。特に米フォードとの長きに渡った資本提携関係や主力銀行の住友銀行(現・三井住友銀行)に翻弄された苦い時代がある。

 とりわけ1979年に資本提携した米フォードとの関係は、90年代になると、日本のバブル崩壊でマツダのブランドが失墜し、経営危機に陥る中で96年にフォードがマツダの出資比率を33.4%へ引き上げるとともに外国人社長を送り込んできた。結果、フォード主導の経営となり、一時は「フォードの日本工場か」とまで言われた。

 しかし、そのフォードが2000年代前半に欧州ブランドの相次ぐ買収やサービス産業への転換、異業種提携の反動で業績を悪化させた。その後のリーマンショックに伴い、自主再建をしていく中でジャガー・ランドローバーやボルボカーズの売却に続き、マツダへの出資比率を順次引き下げて15年にはマツダ全株式を売却し、36年に渡る資本提携関係に終止符を打った。