経済思想は「キャリア戦略」に使える
たとえば、資本主義を痛烈に批判したマルクスの『資本論』は、じつはキャリア形成にも役立ちます。
先日、ヘッドハンティングの仕事をされている方と話をしていたときのこと。こんな話が出ました。
「収入を上げる方法はないかと相談を受けることが多いんだけど、収入を本当に上げることを目的とするのなら、サラリーマンのままでは、いくら転職を繰り返しても限界があると思うんだよね。本当に収入を第一に考えるなら投資家か起業家になるのが最適だと思うんだけど」
「サラリーマンでは収入に限界がある」と言い切れるかどうかはおくとして、このヘッドハンターの発想は、マルクスの『資本論』と親和的です。
マルクスの『資本論』の中核理論である「剰余価値説」に基づけば、労働者の賃金は、労働者とその家族が社会の平均的生活水準を維持するのに必要な経費を意味します。
つまり、労働者の賃金は、自らが生産した商品の価値に関係なく、それなりの額に抑えられがちになるのです。一方でこの賃金と、商品やサービスの価値の差は、資本家の利潤となります。そこで、高い収入を得たいと思うならば、投資家になるか創業して社長になるべきという話になるわけです。
マルクスに限らず、思想は現実の経済を理解し、キャリアを磨くうえで大きな示唆を与えてくれるものです。
たとえば、19世紀にハーバード大学から発展した「プラグマティズム」は、とくにアメリカのビジネス思想に大きな影響を与えています。
プラグマティズムを発展させたジョン・デューイの「道具主義」では、生活上の問題を解決するために必要な知識・概念・理論は「道具」であり、それらは使用を通じて絶えず変化・発展していくものだとしています。その意味ではビジネススキルも「道具」の一種ですが、アメリカのビジネスパーソンにとっては、この、「問題を解決するためのビジネススキルは、問題に合わせてつねに進化し続けなければならない」という考え方が思考の基本になっています。
たとえば、ある人が大企業からベンチャー企業に転職をしたとします。おそらく、前の職場とくらべると、仕事の仕方から周りの人のタイプまで何もかも異なり、この人は戸惑うはずです。
そのときこの人は、「大企業で評価されていた自分が、なぜこんな小さい企業でうまくいかないんだ」と不満に思うかもしれません。ですが、道具主義的な発想が頭にあれば、「この会社でうまくいかないのは、自分の知識や考え方がこの会社に合っていないからだ。自分の考え自体を変えよう」と考えることができるはずです。
実際に、新しい職場やビジネス環境に合わせて考え方を変えていくことは「アンラーニング」(学習棄却)と呼ばれ、キャリアにおけるティップス(ヒント)となっています(たとえばマッキンゼー出身の南場智子さんの『不格好経営』〈日本経済新聞出版社〉でも、コンサルタントから経営者になるためのアンラーニングがいかに重要だったかが述べられています)。
(本原稿は、侍留啓介著『新独学術 外資系コンサルの世界で磨き抜いた合理的方法』より抜粋して掲載しています。続きはぜひ本書でお楽しみください)