9月1日、ある人事に金融業界は騒然とした。直近は出向先の金融庁で、金融とテクノロジーの融合である「フィンテック」の関連政策を担当した名物官僚が、23年間在籍した日本銀行を退職。フィンテック企業に移籍を果たしたのだ。本人にその異例の転身の真意を聞いた。(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木崇久)
──官僚という政策の世界から、有力フィンテックベンチャーであるマネーフォワードというビジネスの世界へと異例の転身。その決断に至った経緯を教えてください。
この2年、日本銀行から金融庁に出向して、黎明期のフィンテック業界の推進に携わってきました。その間、多くの人の尽力でフィンテック業界が盛り上がり、その発展の後押しとなる銀行法改正が2年連続で決まった。しかし、いよいよ今からビジネスが花開くという大事な時期で出向期間が終わり、日銀に戻ることになりました。
そのときは日銀で普通に仕事をすると思っていました。ただ、このタイミングで離れてしまうことに寂しさもあった。そんな思いをフィンテック業界でお世話になった人たちに打ち明けると、「戻ってきて一緒にやりましょう」という話を幾つか頂きました。
これはもしかしたら、フィンテックの世界に戻れるかもしれない。そこで初めて日銀を辞めるという選択肢が出てきました。それからは、激変の時代において、この大事で面白い時期を1日も逃したくないという思いが強くなった。