「小心者」でなければ生き残れない

 それだけではありません。
 現代のような変化の激しい時代には、「繊細」で「小心」なリーダーこそが力を発揮します。

 いちはやくグローバル競争に突入したタイヤ業界がまさにそうでしたが、広い世界ではいつ何が起こるかわからないからです。突然、新興国の企業が安価な商品を投入してくるかもしれませんし、巨大企業がM&Aでシェアを一気に高めるかもしれない。臆病な目で世界の動向を見つめ、あらゆるリスクに備える小心さがなければ、アッという間に足をすくわれてしまうのです。

 また、世界の変化を真っ先に感じ取っているのは、現場の最前線で働いているメンバーです。彼らが感じ取っている微細な変化が、いかにスムースに経営層まで届くか。そして、経営と現場で意思疎通を図り、いかに最適な対応策をスピーディに打ち出すことができるかが、勝負を分けるのです。社長室にふんぞり返って、幹部の心地よい報告だけを聞き、人事権を振りかざして組織を動かしていると勘違いしている、鈍感なリーダーでは話にならないということです。

 ただし、もちろん単に小心なだけではリーダーは務まりません。
 ここぞという局面では腹をすえた決断をしなければなりませんし、ときには周囲の反対を押し切る豪胆さも求められます。重要なのは、細やかな神経を束ねて図太い神経をつくること。そのためには、どうすればよいか? その秘訣を、私の経験をご紹介しながらまとめたのが、9月22日に発売となる『優れたリーダーはみな小心者である。』(ダイヤモンド社)です。

 とはいえ、本書はいわゆるノウハウ書ではありません。そもそも、座学でいくらノウハウを蓄積したところで、リーダーシップが身につくはずがありません。リーダーシップは実学。さまざまな経験をしながら、身体でつかみ取っていくほかないものなのです。

 だから、私が語りうるのは、ビジネスにおいて遭遇するさまざまな状況において、「これだけは守らなければならない」という原理原則のみ。読者の皆様には、それを参考にしながら、現実に遭遇する状況に全力で対処していただくほかありません。しかし、その過程で、必ずや、細かい神経を束ねて図太い神経をつくっていくことができると確信しています。

 私は、リーダーシップこそが、仕事と人生を楽しくすると考えています。みんなが共感する理想を掲げ、みんなで知恵を出し合って、ともに汗をかいて結果を出す。そのプロセスが楽しいですし、ゴールにたどり着いたときにはメンバーとの間に絆が生まれます。それは、かけがえのない経験です。

 もちろん、リーダーシップを発揮するためには、リスクを冒す勇気も必要です。しかし、たかだか1m2のデスクにかじりついて、命じられた仕事をこなしているだけでは、人生つまらないではないですか。しょせんは仕事です。たとえ失敗したとしても、命まで取られるわけではありません。それに、ビジネスにおいて解決不可能な問題など絶対にありえないのです。

 だから、勇気を出して一歩踏み出してほしいと願っています。
 そこから、皆さんの豊かな人生が始まるのです。

荒川詔四(あらかわ・しょうし)
世界最大のタイヤメーカー株式会社ブリヂストン元CEO。
1944年山形県生まれ。東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科卒業後、ブリヂストンタイヤ(のちにブリヂストン)入社。タイ、中近東、中国、ヨーロッパなどでキャリアを積むほか、アメリカの国民的企業ファイアストン買収時には、社長秘書として実務を取り仕切るなど、海外事業に多大な貢献をする。
タイ現地法人CEOとしては、国内トップシェアを確立するとともに東南アジアにおける一大拠点に仕立て上げたほか、ヨーロッパ現地法人CEOとしては、就任時に非常に厳しい経営状況にあった欧州事業の立て直しを成功させる。
その後、本社副社長などを経て、同社がフランスのミシュランを抜いて世界トップシェア企業の地位を奪還した翌年、2006年に本社CEOに就任。「名実ともに世界ナンバーワン企業としての基盤を築く」を旗印に、世界約14万人の従業員を率いる。
2008年のリーマンショックなどの危機をくぐりぬけながら、創業以来最大規模の組織改革を敢行したほか、独自のグローバル・マネジメント・システムも導入。また、世界中の工場の統廃合・新設を急ピッチで進めるとともに、基礎研究に多大な投資をすることで長期的な企業戦略も明確化するなど、一部メディアから「超強気の経営」と称せられるアグレッシブな経営を展開。その結果、ROA6%という当初目標を達成する。2012年3月に会長就任。2013年3月に相談役に退いた。キリンホールディングス株式会社社外取締役などを歴任。