世界中でリーダーシップの基本は変わらない

 あれから四十余年——。
 私は、タイ、中近東、ヨーロッパに駐在するなど、主に海外でキャリアを積んできました。タイヤは国際規格商品ですから、参入障壁など一切ありません。“Cut Throat Business(喉をかき切るビジネス)”といわれるように、世界中のメーカーが“食うか食われるか”の熾烈な戦いを繰り広げるタフな世界です。そして、“食われる”のは事業規模で劣る者。だから、世界トップシェアを握らなければ生き残れない。この会社の大方針を実現すべく、先兵として私なりに全力を尽くしました。 

 そして、2005年にフランスのミシュランを凌いで、ブリヂストンはついに世界トップシェアを奪還。その翌年、私は社長に就任して、世界約14万人の従業員のリーダーとして、会社の舵取りを任されることになりました。入社当時は、日本市場での売上が大半を占めていましたが、この頃には、売上の8割強が海外、従業員の4分の3が外国人というグローバル企業に成長。日本企業としては最も速くグローバル化した企業だったこともあり、社長を拝命して身が引き締まる思いがしたものです。

 社長就任時に、私が掲げたのは「名実ともに世界ナンバーワン企業になる事業基盤をつくり上げる」ということ。在任中には、リーマンショックや東日本大震災など想定外の苦難に遭遇し、上場以来初の赤字転落の危機も経験しましたが、全従業員の協力のもと数々の改革を断行。「名実ともに世界ナンバーワン」となるための基本条件であった、当初からの定量目標「ROA(総資産利益率)6%」を達成することができました。

 この間、私は実にさまざまな組織のリーダーを務めてきました。
 ひとり海外事務所長、部下数人の課長、部下数十人の部長を経て、タイ現地法人CEO時代は数千人、ヨーロッパ現地法人CEO時代は1万数千人、本社社長になってからは約14万人の部下をまとめてきました。アジア、中近東、ヨーロッパなど人種もさまざまなら、仏教、ヒンズー教、イスラム教、キリスト教など宗教もさまざま。まさに多様性の坩堝で揉まれてきたのです。

 しかし、どんな組織であっても、リーダーとしての基本は1ミリも変わりませんでした。入社2年目のときに、タイ人従業員に教えてもらったこと、すなわち、誰もが共感する理想を掲げ、メンバーの主体性を徹底的に尊重することに尽きるのです。そのために、メンバーの気持ちを繊細に感じ取りながら、丁寧なコミュニケーションを重ねる。これが、すべての基本なのです。

 いや、組織が大きくなるほど、構成メンバーの多様性が高まるほど、この基本を外れると組織は機能不全に陥ります。小さな組織であれば、メンバーに無理やり言うことを聞かせることも可能かもしれませんが、組織が大きくなるとそうはいきません。また、国や地域によって歴史、文化、商習慣は異なりますから、その事情を勘案せず一方的に目標を課しても反発を食らうだけ。単に豪胆なだけでは、とてもリーダーは務まらないのです。