ビジネスパーソンが独学をするとき、限りある時間を何に投入するかは極めて重要だ。インプットには、本質的に「人と違う」差別化が求められる。これはすなわち「何をインプットするか」と同時に「何をインプットしないか」を考えることでもある。MBAを取らずに独学で外資系コンサルタントになった山口周氏が、知識を手足のように使いこなすための最強の独学システムを1冊に体系化した『知的戦闘力を高める 独学の技法』から、内容の一部を特別公開する。

「武器を集める」つもりで学ぶ

「知的戦闘力を高める」という目的で独学をする場合、ポイントになるのは「武器を集める」と思って学ぶ、ということです。

 ここでちょっと質問してみましょう。強大な敵が迫りつつあるとき、皆さんはなんの考えもなしにいきなり武器の収集に走るでしょうか? 恐らくそうではないでしょう。

 迫り来る敵に対して、どのような戦い方をするか、自分の強みはどこで、それをどのようにすれば武器で強化できるか、ということを考えるはずです。

 独学による知的戦闘力の向上を目指す際にも同じことが言えます。なんの戦略も立てないままに武器を闇雲に集めても、知的戦闘力が高まることはありません。あれこれと目についた武器を集める前に、まずは「自分はどんな戦い方をするのか? どこで強みを発揮するのか?」という大きな戦略が必要になります。

 たとえば私の場合は「人文科学と経営科学の交差点で仕事をする」という大きな戦略を立てています。哲学・美学・歴史・社会科学・心理学といった人文科学の知見を経営科学の知見と組み合わせることで、他の人とは異なる示唆や洞察を出し、それをコンサルティングやワークショプや執筆に用いるという戦略です。

 したがって、私の場合は、主に人文科学系の知識と経営科学の知識が「武器として重要」ということになり、独学のカリキュラムはそのプライオリティに従って組み立てられることとなります。

 これは逆に言えば、「何をインプットしないのか」ということを明確化する、ということでもあります。この点については本書で何度も触れることになりますが、現在の社会は情報がオーバーフローしている状態になっていますから、知的生産システムのボトルネックは「インプットの量」ではなく、「インプットの密度」にあります。

 自分の戦略や文脈に適合する、費用対効果の高い情報の密度をいかにして維持していくか、という点が重要になっているわけです。そして「情報の密度」を高い水準に保つには、いかにして「情報を遮断するか」という点がポイントになってきます。

 たとえば私の場合、日本の政治的ゴシップについては、完全に無視しています。たとえば本書を執筆している2017年8月時点では、いわゆる加計学園問題がマスコミを賑わせているようですが、私はこの問題については、ほとんどの記事を読んだことがありません。理由は単純で、そのような情報をインプットしても私の知的戦闘力は向上しないからです。

 これは独学の戦略を立てる上では大変重要なポイントなので、よくよく注意してください。世間には「知らないと恥をかく」といった枕詞で人の焦燥感を煽り、自分の知っている情報をさも価値のあるもののように見せて売りつけようとする人で溢れていますが、他の多くの人が知っている情報というのは、知的戦闘力の向上という観点からすれば1ミリの価値もありません。なぜなら、そのような情報は差別化の源泉にならないからです。

 私たちの時間には限りがあります。この限りある時間を独学に投入するのですから、他の多くの人たちが、なかば常識としてすでに知っていることを後追いでインプットすることにどれほどの意味があるのか、という点についてよくよく考える必要があります。

 繰り返せば、「戦略」は必然的に差別化を求めます。差別化ということは、「人と違う」ということです。つまり、他人といかにして違うインプットをするかということが、独学の戦略の最大のポイントなのですが、ここで重要なのが、「何をインプットするか」よりも「何をインプットしないか」ということなのです。

 まとめましょう。独学による「知的戦闘力の向上」を目指すのであれば、まずは闇雲なインプットの前に、独学の大きな方針となる「独学の戦略」を決めることが重要です。さらにこの「戦略」を具体化する際には、もちろん「何をインプットするか」を考えることも重要なのですが、同時にまた「何をインプットしないのか」を定めることが重要です。

なにをしないのか決めるのは、なにをするのか決めるのと同じくらい大事だ。
会社についてもそうだし、製品についてもそうだ。
――ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズII』より
スティーブ・ジョブズの言葉