経済学を学ぶことの意味についての二つ目のポイントは、「価値」という概念の本質について洞察を得られることです。この点をよくよく押さえておかないと、経済学を学んでも「経済学的知識」は増えこそすれ、「経済学的センス」は身につきません。
もちろん、知的戦闘力を向上させるという点において重要なのは後者です。
具体例を出して考えてみましょう。たとえば「モノの価値」はどのようにして決まるのか、という問題についてはいろいろな考え方があります。たとえば、マルクスは「モノの価値は、そのモノを生み出すためにかかった労働の量」で決まると言いました。いわゆる「労働価値説」と呼ばれる考え方です。
これはこれで一つの考え方だとは思いますが、現在を生きている私たちの多くは、たくさんの手間がかかったからといって、必ずしも「価値の高いモノ」が生まれるわけではないことを知っています。
トヨタ自動車の生産性は世界一だと言われていますが、生産性が高いということは「手間がかかっていない」ということです。では手間がかかっていないトヨタの自動車が、他社と比較して価値が低いのかというと、まあそういうことにはならないわけですね。
モノの価値について、現在の経済学では「それは需要と供給のバランスによって決まる」と考えます。同じモノであっても、供給が需要に追いつかない状況では、モノの価値は上昇し、需要以上に供給されれば、モノの価値は低下することになります。これは経済学を学んだ人であれば誰もが知っている、一種の経済学の定理のようなものです。
したがって、自分たちの売っているモノやサービスの価値を上げたければ、需給バランスをコントロールする、という意識が大事だということです。
この「需給バランスによってモノの価値は決まる」ということを、実際に証明したのがダイヤモンドのカルテルです。南アフリカでダイヤモンド鉱山の開発競争が熾烈化した20世紀の初頭、供給過剰に陥ったダイヤモンドの価格はどんどん下落して、「いずれは水晶と同じ値段になる」と言われた時期がありました。
このとき、供給過剰の状況を回避したのがアーネスト・オッペンハイマーというユダヤ人の事業家でした。彼はロスチャイルド銀行の資金を後ろ盾にして、ダイヤモンド鉱山の採掘した原石を全量買い上げるという、ものすごいカルテルを構想したわけです。
時代は世界大恐慌の後ですから、販売に不安のないこの仕組みを鉱山側は歓迎し、結果的に南アで採掘されるダイヤモンド原石はすべてこのカルテルに提供されることになりました。
その上で、市場に供給するダイヤモンドの量を意図的に絞ることで価格を釣り上げることに成功します。このカルテルが現在のデビアス社の前身だということを知れば、いかに「経済学的センス」がビジネスの世界における知的戦闘力の向上につながるか、よくわかると思います。