「実際の経験」プラス「成功例」が必要
イタリア系アメリカ人の多くはすでに、アメリカでイタリアンコーヒーバーを開くというアイデアを思いつき、それを実践していた。だが、アラビカ豆コーヒーチェーン店で働いているアメリカ人はごくわずかしかいなかった。当時、この類いのチェーン店は全米に2つしかなかった。シアトルで6店舗を展開するスターバックスと、サンフランシスコ周辺で4店舗を展開するピーツ・コーヒー&ティーだ。
この2つの小さなアラビカ豆コーヒーチェーンで働いていた50人ほどのなかで、ミラノを訪れたのはシュルツだけだった。だからこそシュルツは、世界で初めて「既存のアメリカのアラビカ豆コーヒーチェーン店とイタリアンコーヒーバーを組み合わせる」というアイデアを思いつくことができたのだ。
「スターバックスに勤めていた」「出張でミラノを訪れた」という2つの要因が重なったことで、シュルツは適切な先例に出合い、それを新しいアイデアの源にすることができた。シュルツのひらめきは、他のあらゆるひらめきと同じく個人的なものである。
第7感が生み出すのは、たんなる新たなアイデアではない。それは、個人にとって意味のあるアイデアなのだ。他の誰かではなく、それを思いついた人にとって重要なものなのである。
第2ステップ:「オープンマインド」になる
次に、第7感の4要素のうちの2番目、「オープンマインド」に注目してみよう。クラウゼヴィッツはこれを、「予想外のことを自然に受け止められる状態」だと述べている。
オープンマインドとは、目の前の状況についての既存の考えを、いったん頭からすべて忘れることのできる心の状態だといえる。戦争に当てはめれば、あらゆる事態を想定して戦場に突入するような心構えのことだ。
ここで、ふたたびシュルツの言葉を見てみよう。
「イタリア。私の人生を突き動かしてきたインスピレーションやビジョンを見つけた場所。(中略)そのインスピレーションを得たのは1983年の春。だがそのときはとくにそのようなものを探し求めていたわけではなかった」
シュルツは、イタリアでインスピレーションとビジョンを「見つけた」とはっきりと述べている。だがイタリアに行くまではそのことについてとくに考えたりはしていなかったし、それを見つけることが出張の目的でもなかった。
シュルツは当時の仕事に満足していて、新しい何かを探し求めてはいなかった。もしミラノに向かう便の機内で隣に座り、人生のビジョンは何かと尋ねたなら、シュルツは決して「スターバックスのチェーン店を、イタリアンコーヒーバーに変えること」とは答えなかっただろう。ミラノ出張の目的は、「展示会で、スターバックスの店舗で使う什器を探すこと」だと答えたはずだ。
しかし、ミラノに到着した翌朝にコーヒーバーに立ち寄った際、そうした思考がいったんすべて頭から消え去った。心に描いている今後の人生や、今回の出張の目的は、ひとまず脇に置かれた。その結果、オープンな心の状態を得た。つまり、新たなビジョン、新たな人生の目標をもたらす突然のひらめきを得るための準備が整ったのだ。
既存の考えをいったん忘れ去るというこのオープンマインドがなければ、シュルツがひらめきを得ることはできなかっただろう。