西新宿に実在する理容店を舞台に、経営コンサルタントと理容師が「行列ができる理容室」を作り上げるまでの実話に基づいたビジネス小説。「小さな組織に必要なのは、お金やなくて考え方なんや!」の掛け声の下、スモールビジネスを成功させ、ビジネスパーソンが逆転する「10の理論戦略」「15のサービス戦略」が動き出す。
理容室「ザンギリ」二代目のオレは、理容業界全体の斜陽化もあって閑古鳥が鳴いている店をなんとか繁盛させたいものの、どうすればいいのかわからない。そこでオレは、客として現れた元経営コンサルタントの役仁立三にアドバイスを頼んだ。ところが、立三の指示は、業界の常識を覆す非常識なものばかりで……。
12/6配本の新刊『小さくても勝てます』の中身を、試読版として公開します。

「ザンギリ」を繁盛させる手がかりが欲しい

【1年目の夏】

オレはその時、「ザンギリ」のトイレの中で大便をしていた。大便をしながら『企業戦略の時代』を読んでいた。

朝から店で働き、閉店後は四谷の「オオシタ」で後輩のカット練習に付き合い、時には師匠の大下さんの晩酌に付き合うこともあって、トイレにいる時だけが1人の時間だった。

これまで3回ぐらい『企業戦略の時代』を読んだ。

蛍光ペンを片手に線を引きながら丁寧に読んだが、1つも役に立つことが書いてある気がしなかった。

オレはとにかく「ザンギリ」を繁盛させる手がかりが欲しかった。

「何かないのか?」「何かヒントがあるはずだ」と思いながら読んでいるのだが、未だに見つけられない。

あの正体不明の男も、あれ以来見かけなかった。

――ひょっとして、あの男なら何とかしてくれるかもしれない。

そんな直感はあったが、根拠はなかった。

自宅を訪ねてみようかとも考えたが、いくらなんでもそれはやり過ぎだろうと思って、やめた。

「オレの直感が間違っているかもしれない」と思うこともあった。

たまたま、理容室や理容業界の現状を知っていただけかもしれない。

――やっぱりダメかもな。まあ、淡々とやるしかないか。

そう呟いてトイレを出たら、太朗さんがお客さんの髪を洗っているのが見えた。

あの男だった。