非合理的に決めた志を、合理的に追いかける

――この人、オレのこと覚えているだろうか?

「立三さん、じつはオレ、マイケル保田の『企業戦略の時代』を読んでみたんですが、難しかったです」

立三さんはホーと感心した表情で、「そういうたら、前回、そんな話したな。髪を
切ってくれたんは君やった?」と言って、一瞬考えるそぶりを見せた。

「いえ、オレは隣で別のお客さんの髪を切ってました」

「へー、それで『企業戦略の時代』を読んだんか。信じられん熱心さと行動力やな」

「ありがとうございます」オレはペコリと頭を下げた。

「で、君、人生では究極的に何をしたいの?」と立三さんは唐突に尋ねた。

「この理容室を繁盛させたいんです」とオレは何も考えずに答えた。

立三さんは少し感心したようだったが、何に感心していたのかはわからなかった。

「でも、マイケル保田の言うとおり、理容室は儲からへんで」

「はい、それでも繁盛させたいんです」

「そうか。でも、どうやって繁盛させるんや?」

剣術の達人に立ち向かうとはこういうことなのだろうか。

剣をごく自然に正眼(正面)に構えられ、スースーと間合いを詰められ、たじろぎながら下がるうちに気づいたら道場の壁に追い詰められていた、という感じだった。

そして、達人が若造に稽古をつけてやろうと心を決めた瞬間のように、立三さんはニコリと笑って緊張を解き、「それがわかったら苦労せんわな」と言った。

「でもな……」と立三さんは続けた。

「好きなことがある、儲からんでもどうしてもやりたいことがあるいうんは、才能があるいうことや」

それを聞いて、少し目頭が熱くなった。

「あのな、ええことを教えたるわ」

「はい」

非合理的に決めた志を、合理的に追いかけた者だけが、志を達成するんや

オレにはよくわからなかった。

「ど、どういうことですか?」

立三さんはニコリと笑った。