複雑性がもたらす問題
複雑系を管理する際、よく直面する問題が2つある。「予期せぬ結果」と「状況把握の難しさ」である。
予期せぬ結果
複雑な環境では、ちょっとした意思決定でも驚くほどの影響を及ぼす可能性がある。研究者たちによれば、そうなりそうな状況は3つあるという。
第1は、だれにもそのような意図はないにもかかわらず、事象間で相互作用が起こる場合である。最近の例では、任天堂の〈Wii〉がこれに当たる。
その革新的な動作検知機能は、テレビ・ゲーム市場を大きく拡大するためのものだった。あまりテレビ・ゲームをしない人たちに訴求し、価格を安く抑えるため、コンソール(操作機)の動作検知機能以外の部分は比較的単純なつくりにした。主流となるユーザーたちはこの新しい技術を評価し、コンソールが多少お粗末でも許してくれるだろうと考えたからである。
任天堂は、新規顧客の獲得という目先の目標は達成したが、従来からの筋金入りのゲーマーたちは動作検知機能など子ども騙しであり、この〈Wii〉というシステムをふざけたものと見なした。
またゲーム・ソフト会社も、〈Wii〉ではなく、〈Xbox360〉や〈プレイステーション3〉向けのタイトルを発売するようになった。それは、コンソールの機能に限界があっただけでなく、ゲーム・ソフト会社も〈Wii〉のことを「ゲーム機もどき」と見なすようになったからである。任天堂が先の意思決定が及ぼす長期的影響を予測するのは難しかったことだろう。
逆に、予期せぬ好結果を招くこともある。フォード・モーター社長兼CEOのアラン・ムラリーは、TARP(不良資産救済プログラム)の資金を要請していなかったのは同社だけだったにもかかわらず、他のアメリカ自動車メーカーのCEOたちと一緒に議会で業界の救済を訴えることに同意した。
彼がそうしたのは、自動車業界のサプライチェーンは絡み合っているため、ゼネラルモーターズやクライスラーが操業を停止しようものなら、フォードにも累が及ぶせいもあった。マスコミは、彼の行動を好意的に取り上げ、フォードの品質への評判や同社の好感度は劇的に上昇した。
第2の状況は、ある単一の事象ではなく、個々の要素が結びついたことで招かれた予期せぬ出来事に関係している。たとえば2008年の金融危機は、1つひとつはまったく異なるが相互に関連する数多の事象に端を発している。すなわち、銀行規制の緩和、貸し手がリスクを簿外処理できる方法の発明、低金利政策、合理的な融資基準や伝統的な頭金要件の形骸化、借り手の無知などである。
我々が痛い思いをして学んだように、これらの要素の一部に気づいた人は大勢いたであろうが、そのすべてを見通した人、あるいは住宅価格の下落が経済システム全体に及ぼす影響を予測した人はいなかった。
第3の状況は、なぜそうしたのか、その理由がもはや時代遅れになっているにもかかわらず、当時の方針や手順がそのまま存続している場合である。これら手順の根拠となった論理は、いまでは忘れ去られていることも多い。
たとえば、ニューヨークの某大手金融機関の社員たちは、不審者の侵入が懸念されるため、トイレへ入るのに暗証番号を入力しなければならなかった。しかし2001年9月11日の同時多発テロ以降、同社はビルの入り口でセキュリティ・チェックを行うようになり、トイレの暗証番号は不要になった。とはいえ、これをなくすのにいったい何年かかったことか。その間、社員はもとより、顧客やサプライヤーなどの訪問者は、言われのない不便を強いられてきた。