予測手法の改善

 複雑系を目の前にした時、以下のような方法で予測能力を向上できる。

 特定の予測ツールを捨てる

 多くの分析ツールには、2つの仮説──それは複雑系には適用できない──が組み込まれている。

 1つは、現象の観察結果はそれだけで成立している(他の現象の影響を被ることはない)というものである。各部分が密接に関連している複雑系では、このようなケースは少ない。最初の小さな出来事が連鎖反応していくことで最終的にはとんでもない結果に引き起こすという「バタフライ効果」を思い出すとよい。

 もう1つは、平均値や中央値から全体を推定できるという仮説である。医療の世界で物議を醸しているケースを例に挙げると、FDA(食品医薬品局)は腫瘍の増殖や転移を抑える医薬品〈アバスチン〉の乳がん治療への適用を承認したが、これを撤回するかどうかを審議している(本稿執筆中の2011年夏時点では審議中)。

 この問題は、〈アバスチン〉を服用している約1万7000人のアメリカ人女性の間に物議を醸した。追加の臨床試験において深刻な副作用の可能性が明らかになっただけでなく、統計上平均的な患者に作用することが示されなかったからである。

 それでも多くの医師や患者たちが、〈アバスチン〉のおかげで、一定数の患者が延命を果たすと同時にQOL(生活の質)を改善させており、またわずかとはいえ完全に治癒する患者もいると述べている。がん治療は複雑系だが、FDAは入り組んだシステムの論理を適用している。

 ビジネスの世界では、平均的な反応に基づいて顧客行動を予測しようとすると、この問題が頭をもたげてくる。平均的に見れば、〈ニュー・コーク〉は人々から支持されていたにもかかわらず、結局は失敗だった。多くの場合、異常値のほうが平均値よりも興味深い事実を示す。このことを考慮に入れないと、この問題が現れる。

 また、早い段階で起こった事象の将来における重要性について説明できない場合にも、同じような問題が立ち現れる。

 ボストン・サイエンティフィックは2006年1月、心臓血管治療機器メーカーのガイダントの買収に270億ドルという巨額を投じたが、実は入札過程で、品質上の問題とその隠蔽が明らかになっていた。このように明らかにされた事実が何年も前から巣食っている根深い問題を象徴していることがわかっていれば、ボストン・サイエンティフィックは、買収したガイダントを改革するために膨大な資源を注ぎ込む必要もなかっただろう。同社の株価はいまだ回復していない。

 複雑系では、考えられている以上に、中央値から乖離した事象が当たり前のものだったりする。振れ幅は大きいが、「異常値は稀に生じる」と前提している分析ツールでは、このことを見落としてしまう。

 アメリカの株式市場では、過去半世紀にわたり、1日の値動きの大きい上位10銘柄が市場リターンの半分を占めていた。独自の予測モデルを開発し、株価急騰の可能性を何度も検討した証券アナリストはほんの一握りしかいなかった。