システムの振る舞いをシミュレーションする
当てにならない中央値から推定するのではなく、その複雑系に関する知見や各構成要素の相互作用について教えてくれるモデルを探そう。たとえば、通信会社の顧客が離反する可能性を予想するためのカスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)・モデル、あるいは広告の種類別に見た消費者の反応を予測するためのデータ・マイニング・ツールなどである。
さらに、予測モデルでは、確率は低いが影響の大きい極値(最大値と最小値)を考慮されたい。複雑性の研究者であるダラム・ビジネス・スクール教授のピエルパオロ・アンドリアーニとカリフォルニア大学ロサンゼルス校アンダーソン・スクール・オブ・マネジメント教授のビル・マケルビーによれば、カリフォルニア州では毎年1万6000の小地震が起きているが、大地震が実際に起こるのは150~200年に一度だという。平均的な地震はさほど危険ではないことになるが、一大事なのは大地震であり、平均的な地震に基づいて建築基準法を整備するのは無謀である。
ビジネスも同様である。何より重視すべきは、極端かつ稀な可能性であり、最も高い可能性ではない。
三種類の予兆情報を用いる
複雑系の今後を正確に予測するのは不可能とはいえ、それでも将来に投資しなければならない場合、それが求められているリーダーにとって最も賢明な選択とは何か。また、起こりうる未来に関する極端かつ複雑なシナリオと、過去の知識に頼りすぎた線形予測の間に折衷案を見出すには、どうすればよいのだろうか。
こうしてはどうだろう。つまり、過去の経験から何が参考になるのか、また今回はこれまでと何が違うのかを明らかにするのである。そのために、手元のデータを次のように3つに分けてみるとよい。
(1)遅行:すでに起こったことに関するデータ。財務指標やKPI(主要業績評価指標)のほとんどがここに分類される。
(2)現在:現状に関するデータ。自社のビジネスチャンスなどは、ここに分類されるだろう。
(3)先行:今後の方向性、そしてこれに当該システムがどのように反応するのか、その可能性の範囲に関するデータ。
手持ちの情報の大半が遅行データに分類されるようなら、要注意である。主に過去の指標に基づいて意思決定するのは、過去と同じような未来を予測するのに等しい。少なくとも先行データに分類されるべき情報がいくつか必要である。ただしこの種の情報は、当然ながら曖昧で、主観的である。言うまでもなく、未来はまだ起こっていないからである。しかし、この情報がなければ、変化が訪れた時、不意打ちを食らいかねない。
先行データがシステム障害を回避する行動を促した例に、コンピュータの「西暦2000年問題」(Y2K)がある。多くのコンピュータが西暦を二桁で表示する仕様になっていたため、20世紀から21世紀に移る際、とんでもない誤作動が生じるのではないかと懸念されたのである。
初期のプログラマーは、自分たちのつくったソフトウエアは2000年が訪れるずっと前に点検は済んでいるだろうと考えたが、二桁表示を用いた旧式の基幹システムは手つかずのままだった(遅行データに分類される事実)。
先行データが示す悲観的シナリオがあまりにも生々しく、しかももっともらしかったため、2000年になる前に複雑なコンピュータ・システムを調整するために多大な努力が払われた(この計画は現在データに分類される)。いざその時が訪れた際、表面化した問題はごくわずかで、その大半はささいなものであった。
データを3つに分ける方法は現実を単純化するとはいえ、従来の予測ツールと異なり、複雑性を排除することはない。