身体拘束が始まった21日、ロレツが回らなくなっていた。眼球も上をクルクル向きながら、話すような状態が続いて、どんどん悪くなっているような感じがした。

「僕はどうなるの?早く、家に帰りたいんだよね」

 24日、やっとの思いで次男は訴えた。

「先生や看護師さんの言うことを聞いて、早く帰れるようにしようね」

 Aさんは、そう話した。

 28日には、妻が面会に行くと、相当悪そうな雰囲気が感じ取れた。面会制限時間の午後7時が近づいてきたので、帰ろうとすると、次男は、2度にわたって叫んだ。

「お母さん、帰らないでくれ。そばにいてほしい」

 容態急変の知らせが電話で入ったのは、その日の夜10時40分頃のこと。

 すぐに病院に駆けつけて、まず見た光景は、後からやって来た担当医が、詰め所で資料を必死にひっくり返す姿だった。

 しばらく病室の外で待たされた後、やっと部屋の中に入れてもらうと、次男は目が開いたまま挿管されている状態だった。

「薬の投与だけでなく、治療方針、治療の経過についても、それまでの入院中、インフォームドコンセントは一切なかったんです。でも、妄想状態をとるための点滴や拘束だろうし、私たち素人は口をはさむべきではなく、任せておけばいいと思っていました」(Aさん)

 初めて担当医から説明があったのは、この28日の心肺急停止後のことだ。

「15分以上、心肺停止があったと思われます。敗血症が進んでいました。抗生剤を投与していました。原因がわかりません。フォーカスはわかりません…」

 心肺停止後、病院側の対応は、急に事務的になったように感じられた。