一歩一歩着実に長所を向上させる
実際問題として、リーダーシップ・スキル用のクロス・トレーニングは、以下のようにわかりやすい。
(1)長所を見極める。
(2)組織にとっての重要性や自分にとっての欲求度に従って、注力すべき長所を決める。
(3)強化したい補完的行動を選ぶ。
(4)線形能力開発を試みる。
1 長所を見極める
長所を特定する方法はいろいろあるはずだ。しかし、実効性の高いリーダーシップという点からすると、「自分の長所は何か」に関する自身の見解(それが間違いなく客観的なものとも、そう思っているだけとも考えられる)を、第三者のそれ以上に重視してはならないと声を大にして申し上げておく。なぜなら、リーダーシップとは他人に影響を及ぼすことにほかならないからである。そしてこれが、トムもそうしたように、360度評価から始める理由でもある。
理想的には、心理統計学(サイコメトリックス)的に有効と考えられる方法、すなわち本人、直属の部下、同僚、上司が匿名で質問に回答し、リーダーシップ特性を定量的な基準に従ってランクづけるという会社が用意したプロセスの下、この問題に取り組むべきである。
また、あなたとこれら関係者は、あなたの長所と(もしあれば)致命的な欠陥、会社から見て重要なリーダーシップ特性について、自由回答形式の定性的な質問にも答える必要がある。ちなみに、致命的な欠陥とは、長所を打ち消してしまう、あるいはキャリアを台無しにしかねないほど決定的な欠陥のことである。
あらゆる組織が、全員に360度評価を実施できる、あるいはその意欲があるというわけではない。したがって、これが不可能な場合、同僚に頼んで――ただし、1つ注意しておくと、彼ら彼女らが正直にフィードバックすることを快諾しなければならない――定性データを集めることも可能かもしれない。後は、自分でフィードバック用紙を作成し、それを匿名で戻してもらえばよい(囲み「非公式な360度評価」を参照)。
これと同じ目的のために、一対一の真摯な対話を試みるという例も見られる。その場合、何はさておき「自分自身を向上させたい」と心底考えていることを同僚たちに打ち明けている(とは言うものの、あなたに致命的欠陥があるかどうかについて、面と向かって告げることはおそらくないだろう)。
その結果を検討する際には、だれもがまず最低得点に注目する。しかし、たとえば10パーセンタイル以下といった極端に低い得点でない限り、これは間違っている(我々の調査では、ビジネス・リーダーの20%が360度評価で10パーセンタイル以下の重大な問題を抱えている。ここに入っていた場合、こうした欠陥は矯正しなければならないが、これは線形能力開発によって解決できる)。
組織にとってかけがえのないリーダーになることは、我々のデータがまさしく示しているように、オールラウンド・プレーヤーになることではなく、自分ならではの長所をいくつか身につけることである。このような長所があれば、どうにもならない欠点も隠れてしまうものだ。
我々のデータベースによれば、際立った長所(すなわち90パーセンタイル以上)が1つもなかったリーダーたちは、リーダーシップ効果全般の平均値が34パーセンタイルにとどまっている。ところが、際立った長所が1つでもあれば、64パーセンタイルに上昇する。つまり、下位3分の1に属するか、上位3分の1にレベルアップできるかは、際立った長所が1つあるかないかの差なのである。
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このような際立った長所が2つに増えると第14分位に近づき、3つでは第15分位に、そして4つになると第10分位に入る(図表2「長所を増やすとリーダーシップのレベルが上がる」を参照)。
以上のことを踏まえて、トムの360度評価の結果を見てみると、なぜ彼がくだんの憧れの仕事にありつけなかったのかという疑問への答えが見えてくる。
トムには、致命的欠陥はなかったものの、際立った長所もなかった。彼の場合、70パーセンタイル以上の長所がないせいで、リーダーシップ能力全般で「良」はおろか、「優」の評価も得られなかった。むしろ、1つでも際立った長所を有する者のほうが、トムを追い越して昇進をするチャンスがあった。
しかし、トムがその長所を、70パーセンタイルから80パーセンタイルに、さらには90パーセンタイルに引き上げていれば、そのリーダーシップ効果全般の評価も「平均」から「良」あるいは「優」に上がっていたかもしれない。このような長所は、言うまでもなく詳しく調べてみるべき類のものである。
多くの人と同じように、トムは当初、低い目標を設定することでやる気を引き出したが、その結果、罪悪感と自己否定がないまぜの気持ちになった。「良好な人間関係を築き、人脈を広げる」の評点が比較的低かったが――高校時代の嫌な記憶が甦ってきた――上司との評価面談では、あえて触れなかった。
ただし、「革新的である」の評点が高くなかったことは意外であり、率先して行動した事例を列挙し、評価されてしかるべきであると訴えた。トムは革新的だったかもしれないし、そうではなかったかもしれない。自己評価が他者評価と大きく異なるのはよくあることだ。ただし、他人の意見こそ重要であることを忘れてはならない。
トムは、自分の長所に目を向けるようになると、「結果を重視する」や「問題を解決し、問題点を分析する」の評点が高いことなど、どうでもよくなった。彼にとってますますわからなくなったことは、そしておそらくこれまで以上に嬉しかったことは、「戦略的視点を養う」や「周囲の人たちを鼓舞し、動機づける」で比較的高い評点を得たことであった。どうやら次のステップに進む準備が整ったようである。
2 注力すべき長所を決める
得意分野と苦手分野を見極めるのは簡単だ。しかし、複数の得意分野から1つ選択するのは、慎重に吟味するだけでなく、疑ってかかる必要がある。
トムがどの長所を選択するかは、あまり重要なことではないかもしれない。そのうちどれか1つでも強化すれば、彼のリーダーシップ効果全般は大きく向上すると思われるからである。
とはいえ、発展途上にあるリーダーの場合には、組織にとって重要であり、かつ自分自身も一生懸命になれるリーダーシップ・コンピテンシーに集中することをお勧めする。一生懸命になれるが組織にとって重要ではないコンピテンシーは趣味でしかなく、また組織にとって重要だが自分が一生懸命になれないコンピテンシーはつまらないものである。
組織上のニーズについて多少なりとも客観視するには、同僚たちが360度評価で重視した部分を参考にするとよい。
自分が一生懸命になれるものを優先するにしても、どこから手をつけたらよいのかわからず、トムはとまどった。しかし、一連の質問に答えているうちに、考えが固まってきた。16種類のリーダーシップ・コンピテンシーそれぞれに関して、以下のリストに目を通した。
●このスキルを強化する方法を探しているか。
●このスキルを活用する新しい方法を探しているか。
●このスキルを活用すれば、疲れるのではなく、精力的になれるか。
●この長所を使えれば、課題に取り組めるか。
●この長所を向上させるために、時間を割けるか。
●このスキルが向上することに喜びを感じるか。
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以上の質問についてイエスの数を数えることで、トムはその熱意のほどを定量化することができる。つまり、1枚のワークシートを通じて、自分のスキルと熱意、そして組織上のニーズがどれくらい合致しているのかがわかる(図表3「コンピテンシーを絞り込む」を参照)。
つまり、自分のコンピテンシー、熱意を傾けられるコンピテンシー、そして組織が重視するコンピテンシーについて、それぞれ上位5つに印をつければ、これらが重なり合うところがはっきりする。
彼が注力することを決めたコンピテンシーは、偶然にも、際立ったリーダーシップと最も関連性が高いコンピテンシー、すなわち「周囲の人たちを鼓舞し、動機づける」であった。
3 強化したい補完的行動を選ぶ
人を動機づけるのが得意な人は、行動を起こさせたり、もう一頑張りさせたりするのもうまい。彼ら彼女らはこの能力を効果的に駆使して、組織に利益をもたらす重要な意思決定に影響を及ぼす。また、動機づけるには相手に応じて方法を変えなければならないことを承知している。
したがって、トムがこれらのことを首尾よくやれていたとしても、(絞り込まれたコンピテンシーを見れば)驚くには当たらない。彼は、次のコンピテンシー・コンパニオンのリストに目を走らせた。
●周囲の人たちと精神的な絆を結ぶ。
●ストレッチ・ゴールを設定する。
●明確なビジョンと進路を示す。
●精力的にさまざまな人たちとコミュニケーションを図る。
●周囲の人たちの能力を引き出す。
●協働し、チームワークを育む。
●イノベーションを促す。
●指導力を発揮する。
●改革を後押しする。
●優れた手本になる。
長所の場合と同じく、組織にとって重要で、身を入れて取り組めるコンピテンシー・コンパニオンを選ぶべきである。ただしこの時点では、評点の低い項目を検討したほうが建設的だろう。
トムは、上司とこれらの問題点について話し合い、コミュニケーション・スキルの開発に取り組むことにした。この分野の評点は別段高くなかったとはいえ、少しでも向上できれば大きな改善が見込まれる水準であった。
4 線形能力開発を試みる
コンピテンシー・コンパニオンの問題を解決したトムは、これでめでたくコア・スキルの改善に取り組めることになった。
コミュニケーションに長けた人は、話が簡潔で、プレゼンテーションに説得力がある。指示はわかりやすく、文章も上手である。新しいコンセプトも明快に説明できる。みんなの仕事がどれくらい幅広く事業目標に貢献しているのかを伝えるうえでも一役買っている。各職能部門で使われている専門用語についても、言い換えて説明してくれる。
トムは、この分野には改善すべき点が多いと見ていた。「話が簡潔である」とこれまで言われた例しはない。書き始めた文章を仕上げられないことも少なくない。書くことは改善すべき課題の1つであると感じていた。
我々はトムに、コミュニケーション能力を高めるために、社内外を問わず、できる限りさまざまな機会を活用するよう、勧めるべきだったかもしれない。ビジネス文書の研修を受講することもできた。教会や地元で、友人や家族と一緒に練習してもよかった。経営陣へのプレゼンテーションに名乗りを上げたり、リポートやeメールについて同僚からコメントをもらったりすることもできた。高校生たちが大学願書に添える小論文の執筆を手伝うのも悪くなかったかもしれない。自分のスピーチの模様を撮影したり、地元のトーストマスターズ・クラブ(1924年、カリフォルニア州のYMCAで発足した、話し方やパブリック・スピーキングを教える非営利団体。トーストマスターとは「乾杯の音頭を取る人」の意)に加入したりしてもよかった。
最終的にトムは、彼が「コミュニケーション・スキルが高い」と思う同僚にアドバイスを仰ぐことにした。いろいろあるなかで、その同僚がトムに勧めたのは、文章は彼の得意分野ではないため、フェース・トゥ・フェースや電話で話すことだった。
やってみると、一筋縄ではいかないことがわかった。そして、まずeメールでのやり取りについて改めなければならないことに気づいた。それまでは、1日じゅうずっとeメールをチェックしては返信するという毎日だったからである。
また、電話だけで事足りるわけでもなかった。会議に出席したり、だれかと話したりしている間は、電話を使えないからである。そこで、eメールのために一定時間を割く一方、回答は電話や直接会ってするようにした。ちょっとした変更だったが、これが思わぬ成果をもたらした。
部下たちは、これまで1日じゅう(さらには一晩じゅう)、自分たちの都合で彼の時間を使ったり、彼に話しかけたりしていたが、ある時間帯に集中して接触するようになった。実際、彼ら彼女らはいまやトムのよくわからないeメールにいつ答えるか(あるいは答えないか)を選択する余地はなくなったものの、このほうが効率的かつ効果的であると思い至った。
トムも、周囲の人々との関係が改善されていることに気づいた。それは、彼ら彼女らと会話する一方で〈ブラックベリー〉をいじるといった具合に、注意力が散漫になることがなくなったばかりか、相手の声の調子やボディ・ランゲージを読み取れるようになったからである。その結果、吸収できる情報量が増えると同時に、同僚たちはトムが自分たちの話に耳を傾けていると感じるようになった。
またトムは、どのようにコミュニケーションするかだけでなく、何を話すかについても関心を払うようになった。そこで先の同僚は、指示を出した回数と質問を投げかけた回数を対比するために、これらを記録してはどうかと勧めた。さらに、自分の発言がそれくらい批判的か(建設的かどうかは問わない)、あるいはどれくらい励ましを与えるものかについても書き留めることにした。
質問と励ましの言葉の比率が高まると、すぐさま効果が表れた。チームは打てば響くようになり、同じことを繰り返す必要がなくなった。「自分の意見を言えるようになりました」と、トムに感謝するメンバーも何人かいた。
トムのように対処すれば、1カ月か2カ月くらいで、改善が具体的な形で見られるはずである。もし見られなければ、やり方がまずいのだろう。それはそうとして、補完的行動は実践によって着実に向上していく。トムの進歩はまさしくその典型である。
1年3カ月後、トムはもう1度360度評価を受け、「周囲の人たちを鼓舞し、動機づける」が82パーセンタイルまで上昇した。まだ「優」の域には達してはいなかったものの、限りなく近づいてきた。
彼に何かアドバイスするならば、コンピテンシー・コンパニオンをもう1つか2つ改善し、90パーセンタイルを達成し、「周囲の人たちを鼓舞し、動機づける」を際立った長所にするために、これまで通り努力を続けることである。そして、別のコンピテンシーとその補完的行動を、彼ならではの有意義な貢献ができるレベルまで高めるために、これと同じプロセスを一から始め、繰り返すとよい。